「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。第7回は奈良・若草山の麓で薪焼き料理を追求し、オーベルジュとしても高い注目を集める「VILLA COMMUNICO」(ヴィラ・コムニコ)が登場。

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: 40日熟成大和牛サーロイン、水ナスを発酵させてトマトソースとともに

40日熟成大和牛サーロイン、水ナスを発酵させてトマトソースとともに

「VILLA COMMUNICO」(ヴィラ・コムニコ)へは、近鉄奈良駅から一本道をまっすぐに行くのだが、興福寺五重塔を過ぎ、公園が広がるようになると、周囲は鹿だらけになる。ご存知のように奈良は鹿の天国で、奈良公園だけで1300頭いるといわれるが、こんなに鹿と人間が共存している環境とは思わなかった。

 お目当ての場所はさらに山道を上がり、鹿が道路をふさぐほどの若草山のふもとにある。古民家を再生した、レストランと5室の客室からなるオーベルジュ。かつては古い土産物屋と食堂だったところを外観だけ残して、スケルトンから作り上げたという。

画像: レストラン内観。右側に位置するのが薪焼き料理のための薪窯

レストラン内観。右側に位置するのが薪焼き料理のための薪窯

 その一階の一番大きな空間にあるのが、オープンキッチンが主役のレストランで、中心に位置するのは薪火を熱源に料理を仕上げる薪窯。日本の古い台所にある窯をイメージして作られた。内装もできるだけ不必要な装飾を排除し、シンプルな空間となっている。

画像: シェフの堀田大樹さん。2019年より4年連続でゴ・エ・ミヨにて2トック獲得、2022年と2023年のミシュラン奈良特別版にて1ツ星を獲得。

シェフの堀田大樹さん。2019年より4年連続でゴ・エ・ミヨにて2トック獲得、2022年と2023年のミシュラン奈良特別版にて1ツ星を獲得。

 シェフは堀田大樹さん。1982年に奈良で生まれ、京都で過ごした大学時代にカフェでアルバイトを経験したことで料理の世界に魅かれた。大学卒業後すぐにイタリアに渡り、ボローニャなどで約1年間修業。帰国後は奈良「イ・ルンガ」「アコルドゥ」で経験を積んだ。2016年よりアコルドゥの支店となる「アバロッツ」のシェフを務め、2018年に自身の店「COMMUNICO」を開業。そのコンセプトを発展させたのが「VILLA COMMUNICO」である。

「以前から自分が生まれ育った奈良で、奈良の食材を使った料理を作りたいと思っていたのですが、イ・ルンガの堀江シェフ、アコルドゥの川島シェフが県外からも客を呼び寄せるレストランを成功させているのを見て、奈良のポテンシャルを感じました。食材を風景から語れるような料理を作りたいと考え、ゼロから設計できるオーベルジュを選びました。イタリア、スペイン、フランス料理を学んだことで、ジャンルにとらわれず、地元の食材を活かす自分の料理を作りたいと思っています」

画像: ペコロスの薪火のローストのピクルス、イノブタの生ハム添え

ペコロスの薪火のローストのピクルス、イノブタの生ハム添え

画像: そば粉のガレットと馬肉のタルタル

そば粉のガレットと馬肉のタルタル

「COMMUNICO」を閉めてからは、奈良の各地を訪れる日々。地元の生産者とのつながりを深め、厳選されたローカル食材を使用し、発酵や熟成といった技法を積極的に活用した奈良の郷土料理を目指した。

 そのために選んだのが柔らかい火で料理する薪火。若草山の山焼きに着想を得た熱源で、オープン前には、スペイン・バスク州の薪焼き料理レストランを開業一年でひとつ星にした「チスパ」の前田哲郎シェフのもとに出かけ、薪火の使い方を徹底的に学んだ。

「これまで日本で食べた薪料理は、最終的にはどれもスモークの味だったんですが、前田さんのそれはまったく違った。薪を熱源として使い、さまざまな調理をしていたんです」

画像: カウンターでブラータチーズを完成させる堀田シェフ

カウンターでブラータチーズを完成させる堀田シェフ

 私は「COMMUNICO」時代の堀田シェフの料理を食べている。料理はとても美味しかったが、もっと印象に残る料理があればいいと思った記憶がある。だが、こちらに移って、シェフの料理は大変革を遂げた。ある意味、腹をくくって、私が考える「ヘンタイ」への道を志向したのかもしれない。「COMMUNICO」時代よりも、奈良の食材を使ってこういう料理を作りたいという意思が明確になったと思う。

画像: 作りたての植村牧場のブラータと昆布締めキャビア

作りたての植村牧場のブラータと昆布締めキャビア

 最初の一皿、ペコロスを薪火でローストしてイノブタの生ハムを乗せた一品は、ペコロスへの火入れが抜群だったし、キッチンの目の前で作られた植村牧場のブラータには、昆布〆にしたキャビアを遠火でスモークしたものを乗せることで過度な塩味を抑えた。

 秋刀魚やブリ、足赤海老など、海のない奈良では獲れない食材も使用しているが、シェフはそれを使う意味を明確に答えてくれた。北海道や北陸などの過疎地にあるデスティネーションレストランと比べると、奈良は歴史上、全国の食材が集まっていた「料理の都」でもある。その風土を考えれば、ローカルガストロノミーに100パーセント振り切る必要はないと私は思っていたので、違和感はなかった。

画像: 塩締めブリの藁スモーク、カブとレタス

塩締めブリの藁スモーク、カブとレタス

画像: 再構築した秋刀魚のソテー

再構築した秋刀魚のソテー

画像: 足赤エビの1時間薪火焼

足赤エビの1時間薪火焼

 薪窯を前にして、シェフがカウンターで生パスタをこねてパスタマシーンで製麺したり、40日熟成の大和牛を丁寧に焼く様子を、客は目の前で見ることができる。

画像: 三輪手延べパスタとタコのパプリカソース

三輪手延べパスタとタコのパプリカソース

画像: 皮つきバターナッツの薪ロースト

皮つきバターナッツの薪ロースト

 取材で訪れた日に私が一番好きだった料理は、バターナッツを皮をつけたまま薪でローストし、柔らかい身をスプーンですくって、かやの実のローストや発酵バターと白味噌のソースで味つけした一皿。食感のコントラストが絶妙だった。

画像: 吉野栗の渋皮煮のメレンゲ包み、サワークリームのアイスクリーム

吉野栗の渋皮煮のメレンゲ包み、サワークリームのアイスクリーム

画像: ブラータのホエーを使ったマドレーヌ

ブラータのホエーを使ったマドレーヌ

 最後は、吉野葛や吉野栗を使ったデザートで終えたが、それぞれの食材には奈良の野菜を発酵させた調味料を使うなど、皿の上はシンプルだが、それまでの下ごしらえが複雑なものばかり。そこに堀田シェフの矜持を感じる。

 素晴らしい食事の興奮を残したまま、2階に上がってラウンジで食後酒を楽しみ、快適な部屋で夜を過ごした。翌日は朝食もいただいたが、洋風ではなく、調理で出た端物を使った出汁で炊いた紅茶粥を中心にした和定食。といっても大和菜のおひたしには大和地鶏のコンソメを使ったり、温度卵はドライトマトソースに漬け込んだりと、手間は多く、完成度は高い。

画像: 堀田シェフらしい、手間のかかった朝食

堀田シェフらしい、手間のかかった朝食

 自分の力を100パーセント振るえる場所を作り上げた堀田シェフだが、潜在力はまだまだあると感じた一日。満足度の高い奈良への旅だった。

VILLA COMMUNICO(ヴィラ・コムニコ)
住所:奈良県奈良市雑司町486-5
Tel. 050-3176-1787
公式サイトはこちら

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柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

画像: 本連載の執筆者・柏原光太郎氏の新著が好評発売中。長年のキャリアに裏打ちされた確かな視点でグルメの現代史を振り返りながら、一度は訪れたくなる東京のレストランを多数紹介。 『東京いい店はやる店』 新潮新書 ¥858

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『東京いい店はやる店』
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