BY KIMIKO ANZAI
熟成するとメルロ独特の柔らかさとふくらみが、得も言われぬ優雅な味を生み出す。トスカーナのメルロの魅力を存分に堪能できるのがマルケージ・フレスコバルディ社の「マッセート」だ。ボルドーの最高峰ワインのひとつ「ル・パン」がメルロ主体で造られることから、時に“イタリアのル・パン”とも称される。2024年の秋に新ヴィンテージの「マッセート 2021」がリリースされ、専門家や愛好家に注目されている。

「マッセート 2021」イタリア・トスカーナ州。メルロ100%。ブルーベリーやカシスなどの黒果実、クローブ、リコリスなどスパイスやハーブの香り。芳醇な果実味としなやかなミネラル感。凝縮感のあるタンニンが熟成の大きな可能性を予感させる。/750ml ¥176,000
「マッセート」の誕生はユニークだ。1988年に「オルネッライア 1985」がリリースされて以降、メルロはそのブレンド品種として使用されてきた。だが、ワイナリーが位置するトスカーナ州ボルゲリの地は、太古の昔、海中から浮上した鮮新世(約500万年前から約258万年前までの地質時代)の青色粘土層に由来する土地で、ブドウ栽培に理想的な土壌だという。土中に水分を溜めるため、乾燥した夏でも水分ストレスなしにブドウが凝縮して成熟するのだ。メルロも予想以上の素晴らしい出来で、1986年に「メルロ・ディ・オルネッライア」としてリリースされたが、翌年には「マッセート」という独立した銘柄として登場したのだ。“メルロのなせる業”だった。
代表取締役社長のランベルト・フレスコバルディ侯爵はこう語る。
「私たちが最も大切にしているのは、それぞれの土地の個性やスピリットをボトルの中に反映させることです。私たちが愛する土地のワインの魅力を、世界に発信したいと思っています」。
広く知られていることだが、700年の歴史を持つフレスコバルディ侯爵家は、法的に貴族制度がなくなった今でも、イタリアで敬愛される存在だ。代々、銀行やワインのビジネスで成功を収めてきたが、フレスコバルディ侯爵にとって、ワインは特別な存在なのだという。
「私たちのファミリーは1000年以上前からトスカーナの地で生きてきました。私が生まれた土地にはブドウ畑があり、そこで農業に従事する人々とともに成長した。私の中には、すでに”農業の血、ワインの血”が流れているのです(笑)。そしてまた、フレスコバルディ家は革新や変化をよしとする家系でした。前の世代に学びながら、新しいものを生み出していく。『マッセート』はそのひとつです。この美しいワインを世界中の人々とわかち合えたらと思っています」。

マッセート生産管理ディレクターのマルコ・バルシメリ氏(左)は初来日。「日本人の人をリスペクトする姿勢に感銘を受けました。料理も緻密で美しい」。今回、特に佐渡のマイタケの美味しさにハマったという。代表取締役社長のランベルト・フレスコバルディ侯爵(右)は「日本は国のほうも、地域によって文化が違うのもイタリアに似ています。強い親近感を覚えます」と語る。
とはいえ、彼らにも懸念はある。近年の気候変動による温暖化だ。マッセート生産管理ディレクターのマルコ・バルシメリ氏はこう話す。
「80年代、90年代と比較すると、近年ますます高温化が進んでいます。ブドウの熟成も早くなり、収穫時期も早まりました。もはや、栽培やワイン造りに対し過去のデータは使えません。剪定の際に芽吹いたブドウの新梢(一番果)の先端をあえて切除し、そのあとに芽吹く脇芽(二番果)を育てることで果実の成長、つまり収穫時期を遅らせることができるのだという。また、ブドウの実が日に焼けないよう、葉を減らし過ぎないようにすることも必須だ。ボルゲリはトスカーナの海岸部に位置するが、海岸線から少し離れた場所に位置する森と海からの冷たい風が夜間の温度を下げ、美しい酸を湛えたブドウに育つのを助けてくれるのだという。
「ボルゲリのメルロは、とてもエレガント。そして熟成のパワーもある。『マッセート』はその魅力を存分に堪能できるワインなのです」とバルシメリ氏は笑顔を見せる。

ワイナリーはモダンでスタイリッシュな印象。醸造設備もコンクリートタンクなど最新の設備が整えられている。
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF MASSETO
また、フレスコバルディ侯爵は、こんな話もしてくれた。
「気候変動というのは、実は政治の問題でもあると、私は考えます。40~50年ほど前から町は拡大し続け、緑の田舎は都会へと姿を変えた。本来なら家を建てるべきではない河川地域にも家が建っていった。それでは大きな水害に耐えうることはできません。まずは為政者たちが真剣にこの問題に向き合わなくてはいけません。同時に、常に自然と向き合う私たちも、サステイナブルに対し“小さなこと”を日々続けなくてはと思っています」。
「マッセート」最大の魅力はエレガンス――。おそらくそれは、テロワールだけでなく、造り手の自然への思いも反映されているからに違いない。
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エノテカ
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