BY MASANOBU MATSUMOTO
谷崎潤一郎はエッセイ『陰翳礼讃』で、古来日本人の美意識を形成してきた「陰」について考察している。西洋から電灯が流入して以降、光が隅々まで照られた明るい空間こそ、安心で快適だとされている。が、寺院や長屋町屋の建築にはじまり、歌舞伎や能の舞台、着物や袈裟、漆器といった日本の伝統文化のあれこれを見れば、日本人がいかに光と陰の巧妙な調和の中で、五感を研ぎ澄ませながら暮らしを営んできたかがわかる。谷崎は、ある古い屋敷の奥の暗がりの中で、庭からのほのかな光を反射した金の襖や屏風の姿に恍惚した体験もつづっている。その美しさはもちろん、黄金にリフレクターとしての実用的価値を見出した日本独自の感性にも驚いたのだ。
7月12日、京都、二条城近くに誕生した「HOSOO RESIDENCE」は、その『陰翳礼讃』の一節を彷彿させた。このレジデンスは、1688年創業の老舗織屋、細尾が手がけた1日1組限定の宿泊施設。狭陰な路地に位置する一軒家で、約百年前の京町家の佇まいを残しながらリノベーション。内装には伝統的な土壁を使用し、ぼんやりと薄暗い空間の中に、西陣織の技を凝らした細尾のプロダクトを配置している。
貴族、武士、裕福な町人たちは、きらびやかな西陣織を愛でた。おそらく、谷崎が黄金の本質を再発見したような、こんな陰翳に富んだ空間で。細尾の12代目・細尾真孝さんはこう話す。
「西陣織には、箔という素材が使われています。これは和紙に本金、本銀を貼り、スリット状に裁断したもの。この箔を横糸としてシルクの縦糸の中に織り込んでいくことで、西陣織ができます。このレジンデンスでは、箔が織り込まれた西陣織、そしてさまざまな色合いと質感を持った土壁が反射板のような機能を果たし、光をジュエリーのように拡散させていくのです」