「ラス&ドーターズ」は、人気のベーグル、ビアリ、そして魚の燻製を100年以上にわたって提供してきた。しかし、そのレガシーはフードだけではない

BY REGGIE NADELSON, PHOTOGRAPHS BY PAUL QUITORIANO, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

画像: 店の創業者ジョエル・ラスの3人の娘の1人であるアン・ラス・フェダーマン(右)と夫のハーブ・フェダーマン。1960年代にはカウンターから、白身魚、鮭の燻製、その他の珍味を提供していた COURTESY OF RUSS & DAUGHTERS

店の創業者ジョエル・ラスの3人の娘の1人であるアン・ラス・フェダーマン(右)と夫のハーブ・フェダーマン。1960年代にはカウンターから、白身魚、鮭の燻製、その他の珍味を提供していた
COURTESY OF RUSS & DAUGHTERS

 数十年にわたってニューヨークをニューヨークたらしめてきた、老舗のレストランや無名のバーから、作家のレジー・ナデルソンがたびたび訪れた名店を紹介する。

 12月初旬のある肌寒い日、私は「ラス&ドーターズ」の外にあるベンチに腰掛け、熱々のラトケを食べていた。ジャガイモと玉ねぎをすりおろしたものを、きつね色になるまで焼いた、外側はカリカリ、内側はふわふわとしたこの食べ物は、ハヌカー(ユダヤ教の冬季の祭り)を祝うためのもの。伝統的なスタイルを好む人はサワー・クリームやアップル・ソースと合わせるが、クレーム・フレッシュ(乳酸菌で発酵させた生クリーム)とスプーン一杯分のイクラをのせた“ラス式”の食べ方は、さらに美味しい。その大粒のイクラは、舌で潰せるほど柔らかい。ハヌカーは8日間にわたるイベントで、ラトケをつまむ機会は8回はある。

 この店のラトケを食べながら、私は父親のことを思い出した。今回、ラスを訪れたのは、私自身がロウアー・イースト・サイドにあるこの店で、人生の多くの時間を過ごしたからだが、このロウアー・イースト・サイドは、父親が生まれ育った土地でもある。ここに座っていると、その歴史の重みが身にしみる。ほとんど100年近く前になるが、1914年にオーチャード・ストリートにジョエル・ラスが開いた1号店で、幼かった私の父も、太ったニシンのオイル漬け、もしくはピクルスを眺めていたことだろう。その数年後、ラスは現在の住所である179イースト・ハウストン・ストリートに店を移した。

 食べものを通して感じる、この喜びと哀愁が合わさった感情は、ユダヤ人特有のものかもしれない。「食べものは、自分たちのアイデンティティと繋がっており、誇りを持つもっともディープな方法のひとつ」とニキ・ラス・フェダーマンは語る。彼女は現在、いとこのジョシュ・ラス・タッパーとともに、この店を経営している。

 ラスには息子がいなかったため、3人の娘に店を託した。そのひとりであるアンは、マークとタラをもうけ、マークはニキを、タラはジョシュをもうけた。ニキとジョシュは、2014年にオーチャード・ストリート沿いに「ラス&ドーターズ・カフェ」を開店。その2年後にはアップタウンにある「ジューイッシュ・ミュージアム」にも2号店をオープンさせた。彼らは4代目で、まだ後は絶えそうにない。

画像: 179イースト・ハウストン・ストリートにあるラス&ドーターズ(2018年撮影)

179イースト・ハウストン・ストリートにあるラス&ドーターズ(2018年撮影)

 表の外観には、ピンクとグリーンのネオン・サインがあり、文字のとなりには小さな2匹のロックス(鮭の燻製)が添えられている。店の外には、オープンを待つ人の行列ができ始めている。この店を発見した新しい世代であっても、真の“ラス愛好家”なら、待つことをいとわない。なにしろ、店の中に入れば、そこは“楽園”なのだから。

 店内に入ると、左側には、長いカウンターが奥まで続き、ピンク色に輝くロックスがそのなかに陳列されている。ロックスは、脂がのって塩辛い、鮭のハラスの塩漬けで、クリーム・チーズと一緒にベーグルにのせたサンドイッチは、人類が作った最も素晴らしい食べ物といえる。ほかのショップのものもそれなりに美味しいが、ラスのそれは究極だ。

 カウンターの奥には、より高価で塩気を抑えた、気取った感じの“ノヴァ”(よりマイルドな塩水に漬けた鮭を低温で燻製にしたもの)もある。別のガラスケースには、ノルウェー産、スコットランド産、アイルランド産といったスモーク・サーモンが、まるで“鮭の国連”のように並べられている。またクリーム色の半透明の薄切りにされるチョウザメの燻製、銀ダラの燻製、金色に輝く小さなチャブ、小さな白身魚。そして言うまでもなくキャビアや魚卵、タブ型の容器に入ったクリームチーズ、クリームソースやワインソースで和えたネギとニシン、刻みニシンのサラダなど。また入荷があれば、オランダからの新鮮なニシンも並ぶ。高級指向の人には、フランス産のニシンが人気だ。

 もちろんラトケは、一年中購入できる。かつては過越(ユダヤ教の宗教的記念日)の時期のみ販売されていたゲフィルテ・フィッシュ(魚のすり身をつみれにしたもの)とマツァボール(種無しパンで作った団子)のスープも、今では常時、店に置かれている。

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