歴史や伝統を重んじながら、若い世代を中心に独自の文化を発展させ続けている「ベトナム」。彼らが創る未来のかたちは、どこかで見たことのあるような近代都市ではない

TEXT & PHOTOGRAPHS BY WALTER GRIAO, TRANSLATED BY MICHIKO TOYAMA

 ベトナム―― その多様で豊かな歴史、若い世代が国のアイデンティティを再建しながら培ってきた自国を誇りに思う気持ちなどーーさまざまな要素が混ざり合い圧倒的な魅力を放つ、唯一無二な国だ。実際に足を運んでみると、世間知らずにも、これまで訪れたことのある他の東南アジアの国々と同じようなところだと思っていたが、むしろ、現代的でかつ、まったく予測さえできなかった一面に驚かされた。

 あちこちと街を訪ね、そこに暮らす人々の笑顔に触れ、食事を共にし、彼らの精神や歴史観を身近に知れば知るほど、自分が「これが東南アジアなんだ」と思っていたことをあらためて考え直させられた。自分が感じたまま端的に言うならば、ベトナムは、若い世代が自分たちのために自由な国を創ろうと、たくさんの愛と情熱をもって伝統のうえに築き上げ、その過去と栄光を誇りに思う国だ――そして、彼らがめざす未来は、すでに目の前にある。

 今回の案内する街は、ホイアンで始まり、ダナン、フエ、そして、首都ハノイへと続く。

画像1: 独自の文化と尽きない魅力
イットなデスティネーション
ベトナム

HOI AN(ホイアン)
 通常であれば、東京からダナンへの直行便を利用する。ダナンからホイアンへの道程では、美しい海岸沿いを一時間ほどのドライブを楽しみながら向かうことができるのだ。美しい眺めに浸っていると、観光業が成長し続けている理由がわかる気がしてくる。なぜなら、新しい有名ホテルやリゾート施設がそこかしこに建てられ、インフラや近代化にむけた開発があちこちで進められているからだ。

 ベトナムの中心にあるホイアンは、中国様式の寺院、瓦屋根のついた橋「来遠橋(日本橋)」や植民地時代のフランス建築など、保存された歴史的建築物が建ち並ぶユネスコ世界遺産の街で、見るものもやることも豊富なところだ。昼も夜も何時間と旧市街を観光していると、ロマンティックな気分になり、デジタル時代が訪れる前、ロマンスに一喜一憂していた頃に感じた懐かしい瞬間を何度となく思い出した。

 夕日が沈み始め、店先のカラフルな照明がバルコニーを彩り、木造の船が河辺に揺られ、地元のアーティストたちが大道芸で通りすがりの家族やカップルを楽しませる―― そんな幸せな笑顔をもたらす風景を眺めているのは、ただただ素晴らしかった。

 私は一瞬でホイアンに心を奪われ、ここで浸ったハネムーン気分のせいか、またここに来るときは、必ずパートナーとともに訪れようと思った。もちろん、ロマンティックなムードに限らず、食べることを愛してやまない人は、バラエティに富んだ絶品の料理の数々を味わうことができる。ホイアンは、ベトナムでも他では味わうことのできない食の宝庫なのだ。

画像: ホイアンの食品市場は“美食の宝庫”。このカリカリした海老の天ぷら風はとてもおいしい

ホイアンの食品市場は“美食の宝庫”。このカリカリした海老の天ぷら風はとてもおいしい

<STAY>

DECHIU HOTEL(デチウ ホテル)
 デチウは12室のみのブティックホテルで、ホイアンの海辺沿いにある。各客室は「Wabi-sabi Room」、「Garden Room」、「Zen Room」、「Terrace Room」、「Rooftop Room」などのテーマに合ったコンセプトでインテリアの色調や装飾や仕様が異なる造りになっている。

 また、ユニークなのは、ベトナムの北部の少数民族による伝統的な手工芸品やアート作品だ。磨き上げられたコンクリートの床、木製テーブル、部屋の壁に施されたアーティスティックな工芸作品、文句のつけどころのないリネンや柔らかなタオル、ザクロと抹茶がミックスされた独特な香りがする「サンライズ・フレッシュ」という名のバス・ソープ、貸出可能のセレクトされた本―― さらには、チェックイン時に渡されるオリジナルデザインのクラフトペーパーにしたためられたウェルカム・レターに至るまで、全方位に行き届いた洗練された気配りが見事だ。

画像: デチウ ホテルのエントランスホール ホテル創業者の手によるたくさんの陶器やアート、世界中から収集した品々

デチウ ホテルのエントランスホール
ホテル創業者の手によるたくさんの陶器やアート、世界中から収集した品々

 コモンスペース(共有スペース)になっているホテルの廊下は、ベトナム文化に影響を受けた写真家やアーティストの新たな才能を紹介する場になっていて、滞在中、宿泊客はアートや文化の知識を得ることができる。ここでの展示は、ホテルの創設者であり、オーナーのTheO(テオ)氏によって2~3カ月に一度入れ替えられる。

 デチウ ホテルと館内のレストラン、ジオカフェのコンセプトを構築したオーナーのテオ氏は、都会の喧騒から離れた海辺の街にある、父親がデザインして建てた伝統的なベトナムの家で生まれ育った。そしてそれが、後の彼女の建築家としてのキャリアに影響を与えていったのだ。

画像: 光沢のあるコンクリートの床、壁、ベッドの木枠、アンティークと手造りの陶器と布等、色と質感を混ぜ合わせた自然で心地よい雰囲気のベッドルームの光景

光沢のあるコンクリートの床、壁、ベッドの木枠、アンティークと手造りの陶器と布等、色と質感を混ぜ合わせた自然で心地よい雰囲気のベッドルームの光景

 2010年、テオ氏は父親が建てた子供の頃の家をインスピレーション源にしたホテルの建設プランを立て始めた。数年後、ホイアンへ出張中、その夢を実現する機会が訪れた。海岸の目の前にある民宿のオーナーと出会い、民宿をホテルへアップグレードすることに同意してくれた。そしてそれが、このデチウ ホテルへと生まれ変わったのだ。それから約10年、バッハの流れるホテルのレセプションで彼女と話し、彼女の創り上げてきたものを実際に見ていると、夢は本当に実現するのだなと感じた。

画像: 約10年間、自身のすべてを費やしてきたホテルの細部を見せながら案内する創業者でオーナーのテオ氏。正真正銘のビジョネア(先見の明のある人)だ

約10年間、自身のすべてを費やしてきたホテルの細部を見せながら案内する創業者でオーナーのテオ氏。正真正銘のビジョネア(先見の明のある人)だ

 会話の途中、「私のデザインは、スタイルではなく感情に基づいているのです。自分の内側にあるパーソナリティで創造します。デチウ ホテルはベトナム様式ではありませんが、すべてベトナムで作られたものを使用しています。過去に作られたものは、現在のために再利用される。私は命が吹き込まれたもの―― 言い換えるならば、精気を帯びたものを使うのが好きです。そして不完全なものに美しさを感じます。古くて壊れているかもしれないけれど、その中に思い出が見えるようなものを自分なりに使い、また新しい命を吹き込むのです」と語った。

 そして、彼女は最後にこう付け加えた。「デチウはただのホテルではなく、ここを訪れた人々に“バランス”を感じてもらえるような空間にしようと決めました。人生において、幸せと不幸せがあるのは当然のことですが、その両方があるということに気付き、そのことを受け入れる。ここデチウが、私たちとって、そのバランスこそを感じてもえらる場所になるように―― なぜなら、私は人間にとって、バランスのとれた時こそが最良だと思うからです」

 窓から聞こえる波打つ音を耳に、ホイアンでのこの体験は、言葉や恋愛に影響されたものではなく、“テオの神殿”―― デチウ ホテルとの出会いによるものだと思った。
https://dechiuhotel.com

GIEO CAFE(ジオ カフェ)
 デチウホテルの1階に併設されるカフェ。オーナーのテオ氏によるこだわりのメニューは、カフェの農園で栽培されたフレッシュなスパイスや食材など、手を加えていない天然素材そのものの味を楽しめる。

画像: ジオ カフェ ヴィンテージの木製家具、ベトナム人による工芸品の籠、灰色の壁、クラシックなブルーのモザイク柄の心地よいクッションなど、自然主義でミニマルな雰囲気のインテリアがバランス良く組み合わされた空間で穏やかな気分に

ジオ カフェ
ヴィンテージの木製家具、ベトナム人による工芸品の籠、灰色の壁、クラシックなブルーのモザイク柄の心地よいクッションなど、自然主義でミニマルな雰囲気のインテリアがバランス良く組み合わされた空間で穏やかな気分に

 真のベトナムスタイルを提供する小皿の数々は、伝統的な家庭料理からインスピレーションを得たものだ。「キングオイスターとマッシュルームの青リンゴソース」や「茄子のカレー」、「海老グリーンヌードル」といったシーフード料理等、ヴィーガンやベジタリアン料理がたくさんある。また、リーフティーやコーヒー、フレッシュフルーツジュースなども種類豊富に揃う。「ここだけにとどまらず、ホイアンにこのジオカフェを展開していくというフード事業の計画もあるんですよ」とテオ氏。
http://gieo.vn

画像: 美しい陶器の皿に盛り付けられたカボチャスープ、自家製パン、焼いたトマトとフレッシュグァバジュースのヴィーガンセット。健康的なだけでなくとても美味しい

美しい陶器の皿に盛り付けられたカボチャスープ、自家製パン、焼いたトマトとフレッシュグァバジュースのヴィーガンセット。健康的なだけでなくとても美味しい

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