TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUKA OKADA
他にも、チャーチルの名を冠して愛されてきたその名も「チャーチル・バー」はゲストにインティメイトな時間をもたらすべく20席に縮小。その多くがミシュランスターのシェフたちに卸されているというパリ最古のキャビアメゾン「Kaviari」(キャビアリ)がラ・マムーニアのために純度の高い中国のオシェトラキャビアを使って生み出した逸品と、シャンパーニュや高級蒸留酒とのマリアージュを堪能する空間に一新した。また縮小したぶん確保できたスペースには、新たにスクリーンを備えたシネマ・ルームも併設され、リクエストに応じて、バーから好みのお酒を持ち込むなどしながら映画鑑賞もできる。
リニューアルにあたっての空間デザインは、パリを拠点とするデザイナーのパトリック・ジュアンと建築家のサンジ・マンクによるJouin Manku(ジュアン・マンク)が参画し、モダンにアップデート。世界中で数々のプロジェクトを持つ二人は、世界各都市のヴァン クリーフ&アーペルのブティックや、パリの名門ホテル・プラザ・アテネのメインダイニングを筆頭とするアラン・デュカスの様々なレストラン(ちなみに京都・嵐山に2019年に誕生した「MUNI KYOTO」にあるデュカスのダイニングもジュアン・マンクによる)などを手掛けてきた自信と経験をもって、過去の職人たちの最高峰の技術が息づき、ときに宮殿とも称されるラ・マムーニアの空間を、モロッコ家屋の豊かな伝統を踏まえた現代の建築的ストーリーに昇華させた。
例えば、新しいピエール・エルメのサロン・ド・テでは、スイーツ以外にソルティメニューとして世界でここでしか食すことができないグルメバーガーなども提供することから、空間の天井には塩の結晶をイメージしたシャンデリア、足元にはモロッコデザインの象徴でもあるガラスのランタンをブロンズに置き換えて表現。
ジャン–ジョルジュの「L’ASIATIQUE」では、日本の行燈に着想した照明、中国の皇帝が座していたようなコンポジションの椅子、カラフルな円が交差するグラフィックデザインで多様な東南アジア料理を表現したテーブル、さらにラ・マムーニアのハイライトであるモロッコ伝統の天井装飾やモザイクタイルも新たに織り交ぜながら、現代の職人との協業にも挑んでいる。
なお、滞在する中で印象に残った食体験としては、ジャン–ジョルジュの行き届いたクオリティは言うまでもないが、ご存じピエール・エルメの代名詞であるマカロンをはじめありとあらゆるクリエイティブなスイーツが贅沢にも日替わりで、ホテルとエルメの連名によるメッセージカードが添えられ、部屋に届けられたこと。ある昼下がりには「Happines is…an unexpected piece of chocolate! 」から始まる伝道的な言葉と共に、メディナの屋台村ことジャマ・エル・フナ市場の石畳のパターンから着想した新作のチョコレートバー。また別の午後にはモロッコ料理によく使われるアルガンオイルとアーモンドと蜂蜜を混ぜたペースト「アムルー」を取り入れたオリジナルのパウンドケーキ…… と、甘美で目眩く最高峰のプレゼンテーションは、スイーツマニアならずとも改めてエルメ・ワールドに誘わせ、世界が一変した困難な時代だからこそ、ひと口のスイーツがもたらす根源的な悦びに回帰させるものがあった。
さらに、この大改装にまつわる真に驚くべきニュースはというと、この11月、地元のモロッコだけでなく、かつての宗主国だったロックダウン下のフランスをはじめ、主な客層でもあるアメリカ、イギリス、スペイン、ロシア、日本からのメディアを、モロッコ政府の基準によるPCR検査を科した上で、ホテルが費用を負担するかたちでビジネストラベラーとして招待。ピエール・エルメやジャン–ジョルジュらも駆け付けて、オンラインでの配信も兼ねた記者会見を行ったことだ。
その背景にはホテルのジェネラルマネージャー曰く「マラケシュのため、モロッコのため、ラ・マムーニアの扉を開きたい。少しでも旅行ができる人たちを歓迎し、街中のタクシーを動かし、家族を養うクチ(観光馬車)の持ち主を救い、世界遺産でもあるメディナ(旧市街)のお店に潤いをもたらしたい」との願い、まさに国と街の経済を担うモロッコを代表するホテルとしての社会的役割を踏まえた判断があった。実際、2018年に雑誌『Condé Nast Traveler(コンデナスト・トラベラー)』のReaders’ Choice Awardsでホテルが“The Best Hotel in the World”に選ばれた際、街中では踊り叫びながら歓喜する民衆がいたというエピソードは、ラ・マムーニアが市井の人々の誇りでもあることを物語る。
ちなみにモロッコは、現地の企業からの招待状があれば海外からの一部ツーリストもビジネストラベラー枠で受け入れていること、あくまでPCR検査と帰国後の自主隔離は紐づいてくるが、2020年12月現在、コロナ禍でも旅ができる国の一つであることも記しておきたい。また、ラ・マムーニアに関していえば外資が介在せず、国内の複数企業、メインバンク、マラケシュ市などの国内の資本でまかなわれていることも、モロッコ経済のために攻めの姿勢を貫ける一因でもあるだろう。
昨今はBBCなど世界的に影響力の大きいメディアでも、各国が観光客誘致をアピールするテレビコマーシャルが見受けられるが、2021年以降の旅は、コロナと折り合いを付けながら再開されていく可能性は少なくないと感じている。世界のホテルを牽引してきたラ・マムーニアの今回の勇敢な一歩はその布石であり、そうした各々のソーシャルな決断こそが、どんな時代も旅に学んできた私たち人間と歴史が息づく土地を照らす、ひと筋の光となるはずだ。
LA MAMOUNIA
住所:40 040 Marrakech Maroc
電話:+212 5243-88600
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