「日本一の木彫りのまち」に若者たちが移住し、魅力的な店が次々と生まれ、人々が行き交い、活況を呈している。衰退していた町に今、何が起きているのか? 現地を訪ね、話を聞いた

BY YU FUWA, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA

画像: 職人の打つ木槌とノミの音が響く八日町通り。この音は環境省が選定する「残したい"日本の音風景100選"」に選ばれている。

職人の打つ木槌とノミの音が響く八日町通り。この音は環境省が選定する「残したい"日本の音風景100選"」に選ばれている。


 富山県南西部の山間に位置する、南砺(なんと) 市井波地区。江戸時代から続く"木彫りのまち" として知られ、町の中心にある瑞泉寺では、名匠たちによる華麗で豪壮な「井波彫刻」を見ることができる。
 門前から延びる八日町通りには木彫り職人の工房が軒を連ね、聞こえてくるのは、トントンという職人の木槌を打つ小気味よい音。約250年前、大火事で全焼した瑞泉寺の再建のために京都の東本願
寺から派遣されてきた彫刻師・前川三四郎が、井波の大工に技術を伝えたことが「井波彫刻」の発祥だといわれる。現在、人口約8000人の小さな町の、住民40人に1 人が木彫り職人であることからも、"ものづくり" の文化が受け継がれてきた場であることがわかる。
 とはいえ、ここ井波も数年前まで、ほかの山間過疎地域の例にもれず人口の減少や流出、少子高齢化、空き家の増加、そして「井波彫刻」に代表される伝統工芸の後継者不足などの問題に直面していた。

瑞泉寺の門前の八日町通りでは、あちらこちらに遊び心ある"猫"を見かける。木彫りが日常に息づく町ならではの光景。

 そんな井波で今、"奇跡" のような現象が起こっている。空き家になっていた古い建物を利用したパン店や、コーヒーショップ、ブリュワリー、レストラン、古着店など、しゃれた店が続々と誕生し、観光スポットとしても注目を浴びているのだ。2016年からすでに11組もの移住者が新事業を井波で始めているという。
「東京のパン屋で働いていたときに、出身地の富山県内で独立したいと思って移住促進センターに相談に訪れたら、井波でパン屋の誘致をしていると言われたんです」と話すのは、「ベイカーズハウスクボタ」の店主、窪田直也。バゲットやカンパーニュなどのハード系パン、本格的に炊いたカスタードのクリームパンなどが人気を博す。

 コロンビアの農園から直接仕入れた稀少なコーヒー豆を自家焙煎し、スペシャルティコーヒーを提供する「ヘイズコーヒーロースタリー」の共同経営者・北川結輝は、「焙煎機が置ける広さがある物件を探していたけれど、関東圏だと土地も少ないし家賃も高い。バリスタの清水(栄治)の実家がある富山県はどうだろうと訪れて、人を介して井波の今の物件に出合いました」と話す。
「ベイカーズハウスクボタ」の窪田も、「ヘイズコーヒーロースタリー」の清水と北川も、井波に土地勘はなく、店舗経営も初挑戦。いわゆる"よそもの" である彼らが、見知らぬ土地で店をオープンし、その店が瞬く間に他県からも客が押し寄せる人気店となったのには、何か理由があるはずだ。最近、井波で起業したさまざまな業種の事業主たちに話を聞くうちに、井波の経営者や起業家を中心に構成された団体「ジソウラボ」の存在が浮かび上がってきた。

稀少価値の高い豆で淹れる「ヘイズコーヒーロースタリー」のスペシャルティコーヒー

画像: 稀少価値の高い豆で淹れる「ヘイズコーヒーロースタリー」のスペシャルティコーヒー

北川結輝(写真・右)がコロンビアの農園から直接買いつけた極小ロットの稀少なコーヒー豆を、富山市出身の清水栄治(写真・左)が自家焙煎し、店で提供。週末は100組以上も訪れるなど、当初の予想を上回る売り上げに。世界的なトレンドでもあるコーヒー豆の新しい精製法、アナエロビックファーメンテーション(嫌気性発酵)などによる豆も扱い、店頭で販売するほか、国内や香港、韓国のコーヒーショップにも豆を卸している。2022年11月オープン。清水は井波に移住、北川は1年の約3分の1は買いつけのために海外へ出向きつつ、東京と井波の二拠点生活を送っている。

画像: もともとあった家屋の持ち味を生かし、最小限のデザインを組み入れることでモダンな印象に。

もともとあった家屋の持ち味を生かし、最小限のデザインを組み入れることでモダンな印象に。

ヘイズコーヒーロースタリー
住所:富山県南砺市本町3 の35
営業時間:11時~17時
定休日:水~金曜 
https://haizcoffee.myshopify.com/

老若男女に愛される「ベイカーズハウスクボタ」のパンは、やさしく深い味わい

画像: 老若男女に愛される「ベイカーズハウスクボタ」のパンは、やさしく深い味わい

「毎日食べても飽きのこない、食卓に並ぶパン」をコンセプトに、富山県産の小麦「ゆきちから」を使ったカンパーニュやバゲットなどのハード系パンから、カレーパン、あんバターサンド、クリームパンなどの総菜パンや菓子パンまでを販売。東京都内の複数のベーカリーで約9 年間研鑽を積んだ窪田直也が、「ジソウラボ」のサポートを得て、妻とともに2021年5 月に開業した。窪田は富山県高岡市出身。2022年4月には、クラウドファンディングで集めた資金で、2階にイートインスペースを併設。

画像: 富山県産の小麦「ゆきちから」を使ったカンパーニュやバゲット。噛みしめるたび豊かな風味が口の中に広がる

富山県産の小麦「ゆきちから」を使ったカンパーニュやバゲット。噛みしめるたび豊かな風味が口の中に広がる

画像: 2021年にオープンした「ベイカーズハウスクボタ」。食パンの形の小窓には、地元の木彫師・前川大地による木彫刻が施されている。

2021年にオープンした「ベイカーズハウスクボタ」。食パンの形の小窓には、地元の木彫師・前川大地による木彫刻が施されている。

ベイカーズハウスクボタ
住所:富山県南砺市山見1713
TEL:0763-23-4748
営業時間:火・土曜11時30分~17時、金曜16時~20時※売り切れ次第閉店
定休日:日・月・水・木曜 
https://knoy708.wixsite.com/website

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