BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
《BUY》「Nanroku(なんろく)」
豊かな滋味を奏でる赤城南麓の新星ワイン
旅の愉しみのひとつに、その土地で育まれた美酒との出合いがある。訪れる先々の地形や水の巡り、土壌や標高によって個性が育まれた一本を、つい探さずにはいられない。標高300〜400mに位置する赤城南麓は、寒暖差がある気候と太古の噴火がもたらした火山灰土ゆえの水捌けの良さから、果樹栽培に適していると聞く。ならば、美味しいワインがあるはずだと、美酒佳肴には鼻が効くローカルトレジャーハンターが探し当てたのは、“南麓”というエリアをブランド名に冠した「Nanroku(なんろく)」だ。
葡萄畑を運営するのは、造園事業を営む「昭和造園土木」である。2012年に「観光農園あかぎおろし」を開園し、当時この地域で栽培されていなかった葡萄を主力にワイン作りを計画。2019年から葡萄栽培を始め、翌2020年にファーストヴィンテージが誕生した。白ワイン用の品種は、日本の野山に自生する山ぶどう「行者の水」にリースリングを交配育種した「奇跡の雫」を、赤ワイン用は「行者の水」とメルローの交配品種である「富士の夢」を栽培。丹精込めて育てた葡萄は、「現段階では山梨県勝沼にある老舗の醸造所へ委託し、年間5000本を生産しています」と石橋修一社長。「ただ、将来的には赤城南麓に自社のワイナリーをつくり、この地域に新たなシグネチャーをもたらしたいと考えています」と、間髪入れずに“有言実行”を宣言。
未来を見据えた新星ワインの味わいはというと。白ワイン「Nanroku 奇跡の雫」は、青リンゴやグレープフルーツのフレッシュさと桃のような甘味に包まれながらも、すっきりと口当たりがよい。猛暑のみぎりには、グラスごとしっかりと冷やして味わいたい。いっぽう、赤ワイン「Nanroku 富士の夢」は、ステンレスタンクで熟成したものは柔らかな酸味と甘味が好バランスな仕上がりに。オーク樽で熟成したものは香りと味の深みが増し、ほどよい重厚さが魅力。実は、昨年は収穫直前に病害で葡萄が全滅。そこで、所有する農園で育てたりんごを、群馬県の奥利根ワイナリーに依頼してシードルを手がけた。
一日の取材を終えて滞在先に戻り、至福の試飲タイムに。宿で振る舞われたすき焼きに合わせた赤ワイン「Nanroku 富士の夢」は、ブルーベリーやカシスを煮詰めたような第一印象から、次第にフルボディならではの緻密なタンニンが表れ、上州牛との妙を奏でる。さらに、災いから転じて新たなラインナップに加わったシードルは、雑味のないドライな酸味が駆け抜けながらも、決して軽すぎないふくよかさが立ち込めた。「転んでもただでは起きない」という石橋さんの情熱がひと匙のスパイスに効いているのだろうか──葡萄畑で語られた言葉をほろ酔いの頭で手繰り寄せた。
ワインの販売は「観光農園あかぎおろし」にて
住所:群馬県前橋市苗ヶ島町858
電話:027-212-8039
公式サイトはこちら
《BUY》「はなぶさ有機農園(小坂子園)」
父娘のブルーベリー、
瑞々しい“夏”を摘みに
かんじんなことは目に見えないんだよ──とは、サン=テグジュペリ作『星の王子さま』であまりにも有名なフレーズである。私たちは巷に溢れる“オーガニック”という言葉に対して、あまりにも無頓着になりすぎてはいないだろうか。爽やかな酸味と奥深い甘みが口いっぱいに広がる、大粒のブルーベリーを口に含みながら、キツネが王子さまに説き伏せた件の一節が頭をよぎった。この実を宿すまでに、いったいどれほどの手塩にかけられているのだろうか。
「はなぶさ有機農園」の物語のプロローグは2001年へと遡る。「かつて観光地として賑わいをみせた赤城山に再び光が灯るように、ブルーベリーを呼び水としてとして地元に貢献したい」という願いを込め、この地で事業を営んでいた故・林 明秀さんが開園。小坂子園と嶺園の2箇所を合わせて1haの敷地に、900本約20品種にも及ぶブルーベリーを植樹。訪れる人ができる限り長く収穫時期を楽しめるように、小坂子園では早生の品種を主流に6月〜7月下旬、嶺園では7月下旬〜9月まで晩生のブルーベリー摘みを堪能することができる。
現在、農園を切り盛りするのは6年前に亡き父の意志を受け継いだ林 伴子さんだ。「それまでは音楽関係の仕事に携わっていたため、畑に足を運ぶことはありませんでした。自らブルーベリーと向き合うようになって、初めて“父なら、こんな時にどうしただろう”と空の父とたくさん話をします」と語る。大粒で良質な実をつけるためには、果てしない時間を費やし余分な実を手作業で摘み落とさなければならない。また、木の負担を軽減するために、冬の剪定作業も欠かせない工程。その枝をチップ状にして木の根もとに敷き詰めることで、土がフカフカに保湿されて根の生育に役立つという。「こんな気の遠くなるような作業を、父はひとりでやっていた」と、林さんは在りし日の父親の姿を手繰り寄せる。
大地にしっかりと根を張り、赤城山の尾根で人知れずアメシスト色の宝石のごとく実り、枝を揺らすブルーベリー。林さんは、父親の観光農園を経営しながら、同時に“自分にしかできないこと”を模索している。母であり、女性である感性を活かしながらブルーベリーのジャムやマスタード、ドレッシングなどの加工品も手がける。その根底には、「いつか食卓に普通にブルーベリーが並ぶようになったら」という父親の言葉があるとか。さらに、2019年には嶺園に併設した「手作りお菓子工房 Sweets kitchen」を、2021年には有機野菜が楽しめる「ALM(アルム)」を開業。自然は人間と関係のない次元で動いていて、人間には絶対に作りえないものが存在している。遮るもののないブルーベリー畑で、強い陽射しを浴びながら、「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ」と、またキツネの声が聞こえてきた。
住所:群馬県前橋市小坂子町1917-2
電話:027-288-8888
公式サイトはこちら
《CAFE》「手作りお菓子工房 Sweets kitchen」
ブルーベリーが艶めくフワフワの天然氷
「はなぶさ有機農園」が手がけるスイーツカフェがこちら。「ブルーベリーをはじめ、農園で育んだ和栗やサツマイモの美味しさを味わっていただきたい」と語る林 伴子さん。暑さのみぎり、引き寄せられたのが“かき氷”である。瑞々しいブルーベリーソースもさることながら、驚くのは氷の優しい涼味である。その氷の正体は、標高1300mの八ヶ岳南麓の名水の里で、厳冬の自然環境だけを頼りに、古来の伝統製法でじっくり凍らせた「八義(やつよし)の天然氷」だ。注文を受けてから、繊細な口溶け感を鑑みて手動式のマシーンで削り、たっぷりのブルーベリーソースを染み込ませた。自慢のソースの風味を消さないように、ミルクは生クリームと牛乳を煮詰めている。トッピングは、ブルーベリーのコンポート。ひと口目から最後のひと匙まで、口福を誘うことを約束する。
住所:群馬県前橋市嶺町1097-5
電話:027-212-0193
公式インスタグラムはこちら
《EAT》「Café & Harvest Deli ALM(アルム)」
“土”と繋がるカレーでパワーチャージ
「はなぶさ有機農園」で丹精込めて育てた野菜に加え、赤城山の風土をいかした地元の農家の食材を、ヘルシーな料理で味わえる「Café & Harvest Deli ALM(アルム)」。平飼い卵、無添加のベーコン&ソーセージとともに味わう群馬県産の小麦粉で焼き上げたパンケーキや、自家製のブルーベリーマスタードを用いたエキゾチックなホットドッグなど。心そそるメニューに迷いながら、この日オーダーしたのは「キーマカレー」だ。赤城の豚ひき肉と玉ねぎにスパイスを纏わせて、たっぷりの野菜と煮込んだ旨みのオーケストラのような一皿である。「強い土をつくれば、強い野菜が生まれ、虫にも強くなるんですよ」と語る、林さんの陽に焼けた笑顔が、カレーを一層美味しくするスパイスとなった。
住所:群馬県前橋市東金丸町171-50
電話:027-212-4846
公式インスタグラムはこちら
▼あわせて読みたいおすすめ記事