BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
《BUY》「ラトリエ ブロカント」
“古風な気品”が教えてくれる暮らしの慈しみ
飽和状態のモノに囲まれた日々の暮らしを見渡すと、大なり小なりの縁あって手元へと巡り合わせた道具に囲まれていることに、ふと気づく。幼少期にサンタクロースから届いたオルゴールや、夫と暮らしはじめた20年ほど前に近所の器店で見つけた小鉢、この連載の旅先で拾った不思議な形の石まで。普段は意識すらしないモノを改めて愛おしく見つめることを教えられたのは、前橋の住宅街の一角で店を構える「ラトリエ ブロカント」でのこと。店を営むのは、フランコジャポネ夫妻のトニー・デュランさんと石井れい子さん。18〜19世紀に腕のいい職人たちが丹念に作り上げ、何処かの誰かのもとで大切に時間を重ねたフランス製のアンティークの道具や家具、オブジェが心地よく集う。
ノルマンディ地方のルーアン出身のトニーさんとれい子さんの出逢いは1999年、ともに学生時代を過ごしたイギリス。帰国後、れい子さんは、兼ねてより関心のあった日本の古き美しきものを商いとする。「子どもの頃から建具職人だった母方の祖父に連れられ、神社仏閣を訪れては宮大工の仕事を眺めていたため、職人が心を注いだモノに惹かれるように。けして高価ではないけれど、家のなかには母が飾った古い道具類が生活に溶け込み、蚤の市へ出向くことも日常でした」。2001年にトニーさんが来日し、結婚を機にフランスへ行く機会が増えると、彼の地の古いものに目が留まるようになったことは自然な流れである。
「目に見えるデザインこそ違えど、受け継がれてきた“魂”のようなものは同じ」とトニーさんが語ると、「フランスの古物は、大陸の様々な文化のエッセンスの影響もあり、日本のものより種類が豊富かもしれません。何より色彩の明度が高い」とれい子さんが続ける。2008年にふたりで益子に店を構え、東日本大地震を機にフランスへ移り住むも、2016年に再び帰国し前橋で「ラトリエ ブロカント」の看板を掲げる。ヨーロッパのアンティーク市場はイギリスとフランスが両巨頭。重厚さが魅力のイギリスのアンティークとも違い、フランスのものはクラシックな中にモダンな抜け感があるという。「曲線の使い方が上手で、家具でも扉でも、ちょっとした細工を効かせる。たとえほんの数ミリでも、そこに美を見出し、ぱっと見た瞬間に人の心を動かします」と、れい子さん。
二人が心を寄せるのは、パリから少し離れた街で食堂を営んでいたトニーさんの祖父母が暮らした時代の田舎の道具だ。「とにかく全てに無駄がなく、必要な場所に適切なサイズで、何でも長持ちするように一生使うために作られている」。それゆえ、古いものの価値が下がらず、作った人と使っていた人の思いが味わいとなり、目を楽しめませるのだとか。
トニーさんは子どもの頃に祖父母の家を訪れると、決まって屋根裏部屋に足を踏み入れた。祖父母の人生が詰まった道具を眺める時間は宝探しをするようだったそう。人が見向きもしないモノの中から、きらりと光るものを見つける習性は、れい子さんも幼少期からの特技だったという。そんな二人が手がけたアンティーク店である、見れば目移りする素敵なモノが、其処ここにちりばめられていた。だが、今回の旅では、買い物ゴコロをぐっと堪え、珍しく何も買わずにきた。まずは、今ある暮らしを、我が家に縁あってやってきた道具を見つめ直そう。ここで感じた、この気持ちを忘れないようにノートに綴り、店を後にした。
住所:群馬県前橋市西片貝4-19-2
公式サイトはこちら
《BUY》「フリッツ・アートセンター」
心に風が通る、本と音楽とアートの居場所
旅から帰ると、東京での日常がいかに“ここだけ”のものかと感じられ、自分が“別の次元”から戻ってきたような不思議な感覚に包まれることがある。前橋の旅の最後に訪れた「フリッツ・アートセンター」を思い返すと、不思議な時間の流れを感じる“別次元”だった。 アートと冠するからにはギャラリーかと思いきや、本あり音楽あり、入り口には毎日違うコーヒーロースターがいて、敷地内の建物には薪窯でパンを焼く店やヴィンテージの家具店、チェコスロバキアの雑貨店などもある。ひと言では括り難い多様性に満ちた場所なのだ。
利根川に沿って広がる河川敷と敷島公園の間に、忽然とドーム型の建物が現れたのは1985年のこと。社会の中で孤立が深まる地域コミュニティを、「アート的な感性で繋げたい」という思いから、「フリッツ・アートセンター」は船出した。プロジェクトを率いるのは小見純一さん。好奇心の向かう世界を旅して、20代後半で出身地である前橋に戻り、当時誰も考えが及ばなかった“街全体をアートの場とする”ことに挑んだ。
当初は「パリ滞在中にお金がなくて食べられなかった、ホテル・リッツのオムレツを再現」するカフェとしてスタート。その後、ブックストアを礎としながら市街のアーケード内を映画館に、商店街を美術館に、百貨店跡地を劇場にと─── デジタル化が加速する世の中から逆行するように、かといって昭和ノスタルジーでもない、人の温もりが通う文化をひとつひとつ積み上げていった。
2019年、辿り着いたコンセプトは“絵本みたいな場所”。15架ある本棚には、随所に絵本作家の荒井良二さんやミロコマチコさんたちによるライブペイントが施され、絵本や詩集をはじめ、小見さんが目を通した本が並ぶ。新刊本には全て透明なOPPカバーが、古書には半透明のグラシン紙が掛けられている。それを見ただけで、ここに並ぶ本が単に売られているモノではなく、誰かの手から“受け継がれたモノ”であり、また誰かの手に渡るモノなのだと感じられた。奥の展示スペースでは絵本原画展を開催。訪れた子どもたち(もちろん大人でも)が作家へメッセージを送ることができるポストが設置されていた。小見さんの言葉を借りると、ここは“役に立たない本屋”なのだという。道徳を諭したり、学びのツールや目的ごとにラベリングされた本を置くのではなく、不確定な自分を映す一冊と遭遇する場所なのだという。
この日、タロットカードを引くように私が買い求めた一冊は佐野洋子さんの『ふつうがえらい』(マガジンハウス)の古書である。旅をすることは、日常から“別の次元”に入り込むようだが、本もまた現実の世界とは異なる“地図のない場所”へと誘ってくれる。最後に小見さんが案内してくれたのは、建物の前庭として設えた「カナウニワ:願いが叶う庭」である。緩やかな起伏をおびた小さな庭には、新しく掘った井戸と、この先の100年を見つめる新たなシンボルツリーとして、子どもたちと植えたモミの苗木がしっかりと根を下ろしていた。入口では、若いロースターが、常連客のためにコーヒーを注いでいる。私が去った後には、ここを居場所として求めて来る人々が、いつも通りの日常を演じることだろう。そんなことを考えながら建物を後に振り返ると、若いモミの木に優しい川風が渡った。
住所:群馬県前橋市敷島町240-28
電話:027-235-8989
公式サイトはこちら
▼あわせて読みたいおすすめ記事