アーティストに一定期間、制作の拠点を提供し、作品づくりをサポートする「アーティスト・イン・レジデンス」制度。京都「ヴィラ九条山」は、長年、フランスの芸術家を対象にこのプログラムを実施してきた。彼らは京都で何を発見し、創作しているのかーー3組のクリエイターを取材した

BY KANAE HASEGAWA

 京都・山科区、天照大御神をまつる日向大神宮の参道の山腹に、コンクリート建築の「ヴィラ九条山」がある。フランスの芸術家や文化人が日本との知的な対話を深めるための場として、1992年、フランス政府の文化機関「アンスティチュート・フランセ」がつくった滞在型制作施設(アーティスト・イン・レジデンス)だ。

 レジデンス・プログラムに参加できるのは、ソロ作家の場合、フランス国籍保持者あるいは、フランスに五年以上滞在している者。希望者は、京都における自身のプロジェクト計画を提出し、それが採択されれば3カ月から半年の間、施設内のスタジオを使って制作や研究を行うことができる。こうしたレジデンス施設はいまでこそ世界各地にあるが、ヴィラ九条山を特徴づけているのは、日本の大学や文化施設、クリエイターとのネットワークだ。竹細工や漆工芸、絹織物などの作り手たちと協業しながら、創作を行なっている作家もいるという。

 レジデントのひとり、ダニエル・ペシオは調香師で、シャネル、ディオール、セルジュ・ルタンスのためのフレグランスを手がけた経験をもつ。彼は、この滞在プログラムを利用し、京都の酒造メーカーの月桂冠の協力を得て、“飲む香り”づくりに取り組んでいる。

「そもそも、日本で香りに関するプロジェクトを行おうと思ったのは、香道の影響から。2017年、初めて日本を訪れた際、香道に触れたのですが、僕にはまったく理解ができなかったのです。パチュリやサンダルウッドなど香水と同じ原料を使っているのに、熱を加えたお香になると香りの成分が凝縮され、煙でむせかえりそうになる。受け入れることができませんでした」とペシオ。しかし、この理解できない気持ちが彼の好奇心をそそった。香道の流派のひとつ志野流の家元の扉をたたき、1日3回、5週間にわたって香道を実践したのである。

「そこで学んだのが、香りを聞くという行為でした。その香り自体は嫌いだとしても、その香りがどんな組み合わせで生まれているのかを分析できるようになると、香りに対する見方は変わる。すると、たとえ嫌いな香りでも受け入れることはできるようになるんです」

画像: ダニエル・ペシオが手がける“飲む香り”の材料

ダニエル・ペシオが手がける“飲む香り”の材料

 また、ペシオは、今回の滞在で気づいたことがあると話す。「日本人は香りを嗅ぎ分けようとする好奇心と繊細な感覚を持っている一方で、生活の香りをふさいでしまう傾向がある気がしました。たとえば、スーパーで売っている日本製の洗剤や柔軟剤はほとんどが強い香りで、ものに備わっている臭いを消して、すべて均質な香りにしてしまいます。それに鼻が慣れてしまっているのではないでしょうか? 京都の畳屋さんに話を聞いたのですが、かつて畳は天然のイグサで作られていたので、暮らしていた人の生活臭やペットの臭いが染み付いていたものだそう。今はそうした生活臭を好まない風潮なのか、臭いの付きにくい化学繊維の畳へのニーズが圧倒的に多いと聞きました」

画像: “飲む香り”の制作風景

“飲む香り”の制作風景

 彼が、“飲む香り”プロジェクトに取り組む背景には、そういった現代人に、もういちど、日本人が古来、培ってきた香りの楽しみ方を体験してほしい、という思いもあるそうだ。ちなみに、この“飲む香り”とは、アルコールの代わりに、日本酒で香りを作るというもので、伽羅(きゃら)、沈香(じんこう)、サンダルウッド、ヒノキなど、通常は飲料には用いない材料を日本酒に浸漬。飲みやすくするためキャッサバから抽出した旨味成分、コンブ、茶葉、バニラもブレンドしているのだという。

「分量にしてはわずかなものです。これを一気に飲み込みます。舌で味わうのではなく、飲み込んですぐに息を吸うことで香りが鼻腔を通り、脳に伝わります。その瞬間、香りに目覚めます。香りに気づくために飲むのです」

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