刺繍、ガラス、陶芸、金工、漆芸など、いわゆる「工芸」の手法をとりながら生み出される独自の表現を“心象工芸”と名づけた展覧会が国立工芸館で開催中。工芸と現代アートの境界をしなやかに越える6作家の作品が集められた

TEXT & PHOTOGRAPHS BY NAOKO ANDO

画像: 沖 潤子《scarlet》2023年 個人蔵

沖 潤子《scarlet》2023年 個人蔵

 かつて東京・竹橋にあった東京国立近代美術館工芸館が2020年10月石川県金沢市に移転し、館名を変えた「国立工芸館」は、近現代の工芸・デザインを専門とする美術館だ。人間国宝の展覧会から2023年の「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」まで、幅広いテーマで展覧会が開催される。
 タイトルである「心象工芸」は、本展を担当した国立工芸館工芸課長の岩井美恵子による造語だ。心象とは、心に浮かんだ気持ち、思い出、景色などのこと。工芸作品はなぜ、絵画や彫刻と同じように鑑賞することができないのだろうかという疑問から企画されたという。

 工芸と、いわゆる純粋美術の間に明確な境目はあるのか。あるとすればそれはどこか。こうした問いは、今世紀に入ってからも繰り返し投げかけられてきた。その経緯は、岩井による図録解説に詳しい。

 ジャンルレス化、ボーダレス化がますます強まる現代において、「心象工芸」をテーマに本展に集結した6名の作家。手法もスタンスも異なるそれぞれの作品の前に立つと、工芸とは、現代アートとは、といった区分は美術鑑賞に不要なのかもしれないという気持ちになると同時に、工芸としての細やかな技巧にも目を見張ることになる。

画像: 旧陸軍第九師団司令部庁舎(1F階段ホール) PHOTOGRAPH BY TAKUMI OTA

旧陸軍第九師団司令部庁舎(1F階段ホール) 

PHOTOGRAPH BY TAKUMI OTA

 明治後期に建てられ、1997年に国の登録有形文化財に登録された木造の旧陸軍施設「旧陸軍第九師団司令部庁舎」と「旧陸軍金沢偕行社」を移築・復元活用した国立工芸館の趣のある館内。1階は、古布に色糸を刺繍して作品を制作する沖潤子のコーナーだ。
 2階に、漆芸作家の中田真裕、陶芸作家の松永圭太、ガラス作家/アーティストの佐々木類、鋳金作家の髙橋賢悟、そして彫金の重要無形文化財保持者(人間国宝)の中川衛の作品が並ぶ。

画像: 松永圭太《蛻(もぬけ)》2024年 作家蔵 PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

松永圭太《蛻(もぬけ)》2024年 作家蔵 

PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

 松永圭太は、美濃焼の産地である岐阜県東濃地方で生まれ育ち、現在も当地で創作する陶芸作家だ。アートとはもっとも遠い 、泥漿(でいしょう)を型に流し込む鋳込みという量産用の技法を用いて制作する。ゆっくり時間をかけて泥漿を流し込むことにより、作品は地層を思わせる粗い風合いをもつ。

画像: 中川 衛 《金銀象嵌「翡翠置物」》2017年 作家蔵 PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

中川 衛 《金銀象嵌「翡翠置物」》2017年 作家蔵 

PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

 中川 衛は、2004年に戦後生まれ初の重要無形文化財「彫金」保持者に認定された。電機メーカーで工業デザイナーとして活躍した後に地元の金沢に帰郷し、加賀象嵌の道へ。出合った風景を内在化し、普遍的なデザインへと落とし込む表現は国境を超えて多くの共感を集めている。作品は大英博物館やメトロポリタン美術館にも収蔵され、国際的な評価も高い。

 以下4名の作家には、短時間ながら話を聞くことができた。

画像: 左/沖 潤子《水蜜桃》2020年 個人蔵 右/ 沖 潤子《月と蛹08》2017年 個人蔵。《水蜜桃》は、本展のメインビジュアルとして使用されている

左/沖 潤子《水蜜桃》2020年 個人蔵 右/ 沖 潤子《月と蛹08》2017年 個人蔵。《水蜜桃》は、本展のメインビジュアルとして使用されている

 制作前に完成をイメージせずに手を動かし、ひとつの色を刺すと、次にどの色をどこに刺すかが、布と糸との対話によって導き出されるという沖。「今は、少し抑えた色の作品をつくってみたいなと思うこともあるのですが、なかなかそうなってくれない」という。近づいて見ると、ひと針から発せられる凄まじいエネルギーにより異世界に引き込まれそうになるのが沖の作品の特徴といえるが、とくに今回の展示では、そのひと針ずつが、作品全体を見る遠目からもはっきりとわかる。「照明を担当された灯工舎さんの力によるところが大きいですね。作品を深く読み解いて光を当ててくださるので、制作した自分でも気づかなかった点を逆に教えていただくことも多々ありました」。

画像: 中田真裕《Voyage》2024年 作家蔵

中田真裕《Voyage》2024年 作家蔵

 漆芸の伝統技法である「蒟醤(きんま)」という技法を用いて、何層にも重ねた色漆で鮮やかな色彩と伸びやかな形を表現する中田真裕。蒟醤は、漆の表面を刃物で彫り、そこに色漆を埋めて研ぎ出すという加飾技法のこと。塗り重ねた漆のどこをどのくらい彫り、色漆を充填し、どこまで研ぎ出すのかによって、表出する色が変わる、後には戻れない作業だ。展示作品は、大型のものばかり。「私が抱えることができる最大の大きさです。漆と麻布でできているので重くはないのですが、抱え込んで作業することも多いので、このサイズが導かれました」と中田。

画像: 中田真裕《Before the Storm》2024年 個人蔵 PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

中田真裕《Before the Storm》2024年 個人蔵 

PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

「漆作品を作るには、時間がかかります。その重ねた時間を、彫り、研ぎ出すことで、掘り起こしていくような作業です」。内側から溢れ出すような色彩は、時間と、その間の中田の思いも内包しているかのようだ。

画像: 髙橋賢悟《還(かえ)る》2024年 個人蔵

髙橋賢悟《還(かえ)る》2024年 個人蔵

 髙橋賢悟は、東京藝術大学工芸科で鋳金を学び、鋳金作家に。生と死をテーマに制作を続け、東日本大震災を経て「flower funeral」シリーズが生まれた。ベースとなるのは、1cmにも満たない小さな忘れな草のモチーフの連なりだ。写真の《還(かえ)る》は、これまでにないサイズの大型作品となる。「祈りをテーマとした、壮大なイメージを表現したかったのですが、制作しながらも、物理的に成立するか、自立するかなど、心配が尽きませんでした」と髙橋。

画像: 髙橋賢悟《花鋳込軽銀香合 空華》2024年 PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

髙橋賢悟《花鋳込軽銀香合 空華》2024年  

PHOTOGRAPH BY TOMOYA NOMURA

 本展のために制作した新作は、小さな香合。「誰かに使ってもらうための作品を制作したことがなかったのですが、取り組んでみるとさまざまな発見がありました」。誰かが手に取って「使う」ために必要な強度を保ち、その上でいかに自由な表現をするかという視点を得たという。蓋と身は忘れな草のモチーフが交互に噛み合うようになっているため接合部が見えず、ひとかたまりのオブジェのように見える。

画像: 佐々木類《植物の記憶/うつろい》シリーズ。左から「師走」、「霜月」、「神無月」、「長月」 2024年 作家蔵

佐々木類《植物の記憶/うつろい》シリーズ。左から「師走」、「霜月」、「神無月」、「長月」 2024年 作家蔵

 自身で採取した植物を建築用ガラスに挟み、焼成して封じ込めるインクルージョンという技法で作品を制作する佐々木類。通常は旅先で植物を採取することも多いが、本作は、アトリエや自宅、実家、滞在制作先など、佐々木の生活圏内で採取した植物を月ごとにまとめたもの。ガラスに挟んで焼成することで植物は灰になるが、その植物が含んでいる水分量などによって、泡の出方などが異なるという。葉脈がはっきりと見て取れるものもあり、タイトルどおり、「植物の記憶」の標本のような作品だ。

画像: 佐々木類《植物の記憶/うつろい》シリーズ(部分)

佐々木類《植物の記憶/うつろい》シリーズ(部分)

「本作は身の回りの植物を採取した作品なので、同じ植物の季節ごとの違いなどもわかります。採取した植物を調べるうちに、子どもの頃から親しんできた懐かしい植物が実は外国由来のものだったことがわかるなど、発見もありました」。

 本展の取材を通じて多くの作家が口にしたのが、照明の見やすさと美しさだ。全体のフォルムや表現と、通常は何歩も近づいて目を凝らしたくなるようなディテールを、適切な距離から両方とも同時に見ることができる。加えて、作品が宿している心象をも照らし出す。美術館に足を運んで実際に目にする醍醐味が味わえる展覧会だ。

画像1: 工芸と現代アートをしなやかに越境する
6名の作家の作品が集結。
国立工芸館の「心象工芸展」

「心象工芸展」
会期:12月1日(日)まで
会場:国立工芸館
住所:石川県金沢市出羽町3-2
公式サイトはこちら

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