BY SASHA WEISS, PHOTOGRAPHS BY JUSTIN FRENCH, TRANSLATED BY MIHO NAGANO
アンロは、猿が木から木に飛び移るように、考えがあちこちに飛んで落ち着かない傾向があると自分を形容する。ひらめくままに行動し、さまざまな出来事に共通する論理を見極めようとするのだ。彼女は自分を鼓舞したり、困惑させたりする言葉やフレーズを書き留めてリストを作り、時には作品のタイトルにも使っている(彼女はアメリカにすでに10年以上住んでいるが、英語を話すといまだに強いフランス語訛りがある)。彼女は作品づくりをしながら大音量で鳴らして聴く音楽を何十曲もプレイリストに入れている。また、ポルノ漫画本を蒐集したり、さまざまな動物の毛――馬やアライグマやヤギや豚など――で作られた筆を集めたりしており、そんな筆を使うとそれぞれまったく異なる筆致で絵を描くことができるのだ。
マンハッタンのフラットアイアン地区にある小さなオフィスビルのひとつのフロア全体が彼女のスタジオで、そこで彼女は低めの棚にずらっと並んだ大量のバインダーを見せてくれた。そのほかにも、床の上のあちこちにバインダーが散らばっている。その中には彼女がインターネット上で見つけて印刷した画像が大量にスクラップされている。これが彼女の創作のインスピレーションの源であり、漫画や絵画からネット上のミーム、写真や個人的なスナップ画像まで、さまざまだ。彼女は、時にはほかのアーティストがもつ技術に惹かれることもあれば、湧き上がってくる感情に突き動かされることもあり、さらに自分の子ども時代とつながりのある何かに触発されることもある。彼女は画像をパラパラとめくり、自分が何に興味を惹かれるのかを説明してくれた。そのうちのひとつが、右方向の角度に身体を傾けた女神像のように見える画像だ。彼女の6 つある乳房に、森に棲む生き物たちが吸いついている(「エロティックだけど、これはエコ・フェミニズムでもある」と彼女は言う〈註:エコ・フェミニズムは、自然破壊と女性の抑圧には関連性があるとする思想〉)。バインダーの中には、ピカソやアリス・ニール、エゴン・シーレの絵画の画像や( 3 人とも彼女が尊敬するアーティストだ)、ルネサンス期の母子の絵画の画像もあり、その絵の中の子どもの手の描かれ方が細部に至るまで秀逸だった。
私たちはいくつもの窓が並ぶ場所に置かれているテーブルに座って話をしていた。壁には日本の書道で使うとてつもなく大きな筆が何本かぶら下がっており、それはまるで神話に出てくる巨人が使う道具のように見えた。彼女は淹れたてのお茶が入ったポットをふたりの間に置いた。だが、私たちは話に夢中になりすぎていて、彼女はお茶を注ぐことを忘れ、私もほしいとは言わなかった。フランスでの彼女の子ども時代に話題が及ぶと、なぜか口数がぐっと少なくなった。アンロは、彼女の作品が単なる自叙伝のレベルに縮小されて受け止められることを恐れているのだと説明した─さらに、いくつかの思い出したくない記憶もあった。彼女が、親と子を題材にして作品を作り始めたとき、「自分の子ども時代のいろんなことがよみがえってきて、それは、楽しいことばかりではなかった」と彼女は言った。「妖怪や幽霊や悪魔が箱から這い出してきた感じというか。じゃあ、そんな存在をどうするのか? 『しょうがない。みんなで一緒に踊ろうか』っていう感じ」
アンロの母もアーティストだった――彼女はフランスの国立自然史博物館などを顧客に持つ鳥類の剝製師として働き、アンロとその姉に、建築の設計に使われる模型作りなどの精密な工作の手ほどきをした。母は創造力にあふれていて、他人に偏見をもたず、アンロが自らの創造力を発揮することを応援していた。アンロの父は電気通信業界で働いており、ミニテルの開発に尽力した。ミニテルはワールド・ワイド・ウェブが登場する前の、いわばインターネットの前身で、電話回線を利用してゲームをしたり、電車のチケットを購入したり見知らぬ他人と交信したりできる装置だ。彼女の自宅には、いつも最新の電話機が転がっていて、アンロと姉はいつもそれらをおもちゃにして遊んでいた(「電話機の#ボタンからは、詩的なニュアンスを感じた」と彼女は言う)。家族たちや、家庭内に常にあったテクノロジーによって支えられてきたことが、アンロの作品のテーマのひとつになっている。アンロは幼い頃から常に絵を描いており、ほかのことにはまったくと言っていいほど興味を示さなかった。そんな彼女に、母親はコピー用紙を大量に与えた。アンロは続きものの絵を描いて物語にするのが好きだった。テレビで見た大好きなアニメをまねるように。また、彼女は戦闘にも魅了されていた。「戦闘や脱走シーンに出てくる魔法や、生き残りをかけて闘うという、心に深くうったえかける物語の夢のようなクォリティに」と彼女は説明する。「私が子どもの頃に体験した物語は、すべて、生き残ることに焦点が置かれていた気がする」
アンロは学校で壮絶なまでのいじめを受けており、よくひとりぼっちだった。彼女には読字障害と算数障害があり、教師たちは彼女をまともに扱わなかった。その後、何年もの月日がたってからでさえ「ひとつしか答えがない問いを投げかけられると、パニックになってしまう」と彼女は私に言った。「誰かに年齢を聞かれるときもそう」――彼女は46歳だ――「自分の年齢を記憶するのが難しい……数字が変わるから!」。私はアンロの《Misfits(はみだし者)》(2022年)と題された彫刻を思い出した。子どものおもちゃを思わせる銅製の立方体で、各側面には図形の形をした穴が開いており、その穴の形に合うブロックをはめ込むのだ。だが、円柱ブロックが四角い穴に無理に押し込まれており、抜けなくなっている。この作品から伝わってくるのは、彼女が子どもの頃に感じていた憤りといらだちだが、遊びによって、いかに新しい可能性が引き出されるかも示唆している。「2と2を足したものが4である必要はなく、22でもいい」とアンロはかつてインタビューで語っている。「想定され得るあらゆる可能性がまだ残っている」という状態に戻れるのが面白いのだ。
それから私たちはスタジオ内の別の場所にある作業台に歩いていき、彼女の最新の彫刻を眺めていた。そのうちのいくつかの作品は来年、ニューヨークのハウザー&ワースギャラリーで展示される予定だ。アンロが絵を描くときは、ゆったり呼吸をしながら、時には踊りながら楽しんで筆を走らせる。だが、彫刻は攻撃性を解放するチャンスを彼女に与えてくれる。彫刻を作るときは、と彼女は説明する。「基本的に、誰かを殺すのと同じ。だって、素材を切ったり、刻んだりするから─かなり暴力的な行為」。《73/37(そろばん)》と題された作品はまだ制作中だが、なだらかな曲線で構成された、栓抜きのような形をしている銅製の彫刻だ。馬の胴体がふたつ重なっているようにも見えるし、ふたつの乳房のようにも見える。それが真鍮とゴム製のビーズでできた巨大なそろばん形のアーチの下に配置されている─恐らく、アンロが感じてきた数字への恐怖を認めたものかもしれない。この彫刻は固定されているのに、高速で回転しているようにも見える。それはベルニーニ(註:17世紀のイタリア人彫刻家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ)の傑作が、完全に静止した彫刻でありながらも、しばしば暴力の瞬間をとらえ、時代の変遷を表現していたことを思い起こさせる。この彫刻の背にあたる部分が、なめらかなクリームのような質感で、そこに誰かが乗ったり、または手でやさしくなでられたりするのを期待しているようにも見える。批評家たちはアンロの彫刻を「触覚的」という言葉で形容したことがある。彼女は鑑賞者たちが作品に実際にさわることができる展示方法を好むと私に語った。そうすれば「頭で考えるだけでなく、身体全体を使って感じることができるから」。
彼女のアートは、権威と支配への疑問点を掘り下げることが多い。彼女のスタジオのあちこちにあるのが、犬やその他の動物のスケッチや絵画だ。そんな作品の中では、誰かの腕の合図や鞭によって命令された動物たちが、後ろ足を起点に立ち上がっている姿が描かれている。また、ある作品では、人間のような形をした何かが、動物と同じ視点まで降りてきて、動物と同等であろうとしたり、また、親密さのようなものを望む姿が描写されている。彼女のスタジオにある多数のバインダーの中のひとつには、アンロが道端で出会ったある犬の写真があった。「彼がリラックスしている感じが好き」と彼女は言う。「大きな赤ちゃんみたい」。だが、彼女はその犬がつけている首輪にも興味を惹かれた。「首輪は愛着の表れ。愛着があれば世話をしなければならない。でも、世話をするという行為は、支配でもあり、支配は監視でもある」
コロナ禍のあいだ、アンロと彼女の夫で、スイス人音楽家・作曲家でもある35歳のマウロ・ハーティグと、彼との間にできたふたりの息子たちの4人は、パリから1時間ほどの郊外の小さな街にあるアンロの母の家に滞在していた。そこでアンロは、母の本棚で見つけたエチケット教則本に夢中になった。最初はそれを抑圧的な内容だと感じた――ヨーロッパの中流階級社会にありがちな規律と性差別にも通じるものがある。これらの教則本のほか、彼女は同じような本を十数冊ほど集めて自分のスタジオに置いてある。その中の一冊、1884年に出版された『Don’t(これをやってはいけない)』というタイトルの本を彼女は笑いながら見せてくれた。「『これをやるな』というフレーズを読むと逆にそれをやりたくなってしまう」と彼女は言った。それらの書籍が彼女の《Dos and Don’ts(やるべきことと、やらないほうがいいこと)》という一連の絵画作品のアイデアのもとになった。大きなキャンバス上に、デジタル印刷や紙で作ったコラージュを組み合わせ、さらに幾重にも筆で絵を描いたり、時にはレーザーを使って切断したアルミニウムの破片やアクリル樹脂を組み合わせたりするなど、時間と手間をたっぷりかけた作品だ。さらにエチケット教則本から抜き出した文章を記したページを組み合わせたり、彼女自身の家庭生活のスナップ写真や、自筆のイラスト、コンピュータのエラーメッセージのスクリーンショット画像などもコラージュしたりしている。作品のどの部分が手描きで、どの部分がデジタル処理したものなのか見分けがつきにくい。それは、私たちがソーシャルメディアに触れると、何が現実かという意識があいまいになっていく感じに似ている。より多くのエチケット教則本を読めば読むほど、奇妙なことに、彼女は心地よさを感じるようになっていった─社会的な生活の規則とは何かを、きちんと順序立てて説明する文章は、親が子どもをしつけるときとどこか通じるものがあった。
6月初旬のある午後、私は再びアンロのスタジオを訪れた。作品を作るときの彼女は、非常に緊張感にあふれていると聞いていたので、ぜひとも彼女が作画する様子を見たいと思っていた。彼女は、音楽はほぼ必要不可欠だと言い、仕事中に踊りだすこともあるのだと語った。私は彼女の仕事の現場を見せてほしい、話をする必要はないから、と提案した。私がスタジオに到着すると、彼女のスタジオのマネジャーが、アンロが作業をしている大きな部屋に案内してくれた。部屋の奥には数人のアシスタントたちが立っており、筆を洗ったり、絵の具を混ぜたりしていた――紫やオレンジ、黄色や緑などの色彩だ。部屋の前方には明るい光が入り込む巨大な窓があり、絵の具が入った複数のバケツや、何百本もの絵筆が入った壺などが所狭しと置かれたテーブルのそばに、彼女は立っていた。
環境音楽が大音量で流れていたが、彼女は顔を上げなかった。幅15㎝のブラシを使って、緑と青の絵の具を何層にも塗っていた。その紙の上には、彼女がすでにメロンの果肉のオレンジに似た色と、無数の青い点の模様を塗り込めて事前に準備してあるのだ。そんな彼女の動きを見ながら、私は以前ここを訪れたときに、彼女が私に話したことを思い出していた。彼女があるシンポジウムに招かれ、哲学者がポルノグラフィックとエロティックの違いを説明するのを聞いた。ボウルに盛られた苺を描くときに、苺が食べたくなるように描くか、それとも美しく見えるように描くかの違いだと哲学者は言った。アンロはそれに同意できなかった。「ボウルに盛られた苺が美しくあるためには、観た者がそれを食べたいと感じるか、気持ち悪いと感じる必要がある」と彼女は言った。言い換えるならば、美というものは何らかの身体的反応を引き起こすものでなければならないという考え方だ。アンロの絵画の中で私が特に好きなのは、文字どおり、母親たちが赤ん坊たちを食べているところを描いたものや、赤ん坊たちが母親たちを飲み込んでいる場面をとらえた作品だ――そのイメージは恐怖に満ちているが、同時に心地よいほどなじみ深くもある。
2~3回さっと大きく筆を動かすと、アンロのタッチが表現される。丸みを帯びた、遊び心に富んだ線で、アンロが敬愛する漫画家、ソール・スタインバーグの持ち味であるユーモアと率直さと憂鬱な感じを連想させる。だが、彼女独特の鋭い気品も見てとれる。絵の具をいくらか塗ってから、彼女はその紙を手に握る。窓のそばにある別のテーブルに移動し、紙をその上に並べて乾燥させる。今度は別の紙を手に取り、作業台に戻って筆で絵を描き始める。バインダーから取り出してプラスチック製のファイルに入れてある写真を何度も見て参考にしながら。彼女が描く生き物たちは、細部に至るまで驚くほど正確だ。隣り合って疾走しつつ、頭を下にして後ろ足を跳ね上げる二頭の馬や、耳が長く伸び、大量の髭が生えたカラカル(註:ネコ科の哺乳類)や、大きな鼻をした女性が一羽の鳥に顔をこすりつけるあまり、鳥が今にも彼女の顔の中に吸い込まれそうな様子などを描いている。アンロの仕事は非常に早く、たった2~3分でこれらのシーンを描き上げてしまう。彼女は私にひと言も話しかけることなく、一度、私ににっこり笑いかけただけだった。
私は、バインダーの中にある、何の関連性もなさそうなそれぞれの画像が、彼女の作品に活かされていくのを目撃していた。そのすべてが、何にもとらわれずに自由に発想する彼女の頭脳の延長のように見えた。母乳について話していると、それが負債についての会話に発展していく。子守歌とその歌詞の裏側に隠された闇について考察すると、19世紀のフランスではレイプという犯罪が、女性の尊厳をいかに深く傷つける性暴力であるかについて、現在ほど明確に認識されてはいなかったという時代背景にいきつく。生命の誕生と幼児期を題材に作品を作り始めたとき、彼女はこのテーマは単に自分や、自らの子ども時代や、自分の子どもたちを対象にしたものではなく、「世界全体がどうやって形作られ、私たちがどう思考するのか」を扱うものだと認識した。私にとって、アンロの方法論は、母親であることと密接につながっているように見える。題材としての母親業ではなく、解決方法を導くための手法という意味でだ。つまり、この世界で人間がぶちあたるすべての問題を理解し、問いただしていく道筋に至る土着的かつ親密な方法論として。
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