現在建造中の新国立競技場を手がけ、世界の注目を集める建築家、隈研吾。彼は建築の可能性を問い直す一方で、資源が減少する今「建築はどうあるべきか」を模索しつづけている

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY STEFAN RUIZ, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 梼原町でいちばん最後に完成したプロジェクト「雲の上のギャラリー」を見るかぎり、「建築を消す」という、隈が常に唱えているテーマはイメージしにくい。技術的にいって、地元の温泉を組み込んだ「雲の上のホテル」の機能的なデザインに比べ、これがギャラリーという表向きの目的をはるかに超えた建築物になっているからだ。

木を何層も組み上げ、それを中心の一本の強い柱が支えている。だが、荷重の大部分は片持ち梁という日本の伝統的な技術で支えられ、それによって建物は丘の斜面に浮かんでいるように見える。単板積層材(薄い板を何枚も重ねて貼り合わせた木材)の小さな断面を垂直に交差させて何層も集積し、明るく爽快な、無限のイメージを演出した。それは伝統技術に新たな息吹を吹き込んだというより、伝統技術や建築家に捧げられた抽象的なモニュメントといった印象だ。

隈が日頃から公言している「これまでの建築家とは違うこと」をやりたいという願いとは裏腹に、この建物はまさに、磯崎新の実現しなかった有名な東京の住宅構想「空中都市」(1960~1962年)を思わせる。磯崎の構想は、梁を重ねた隈のデザイン同様、カプセルのようなアパートを縦に積み上げ、それを一本の柱が支えるというものだった。隈は「自分のデザインは地元の伝統や素材を象徴したもので、周囲の景観に調和しない非現実的なものではない」と反論するかもしれない。だが、このまぎれもない類似性が示すのはむしろ、ほかの建築家に戦いを挑もうとする隈の姿勢は昔から決して変わっていないということだ。

画像: 杉材で作られた幅約45mにも及ぶ実験的な建物「雲の上のギャラリー」は、2010年に竣工した。南国高知の人里離れた小さな山間の町、梼原町で隈が1996年から取り組んできた 4 つの大規模プロジェクトのひとつ

杉材で作られた幅約45mにも及ぶ実験的な建物「雲の上のギャラリー」は、2010年に竣工した。南国高知の人里離れた小さな山間の町、梼原町で隈が1996年から取り組んできた 4 つの大規模プロジェクトのひとつ

 木を使って幻覚的な効果をもたらそうとする隈のプロジェクトは、梼原以外でも続いている。東京から北へ電車で約3時間、田園風景の広がる栃木県・那珂川町に幻想的な「馬頭広重美術館」が完成したのは2000年。何本もの細いルーバーと、のちにポートランドの日本庭園でも採用した切妻屋根が使われている。美術館の広々とした開放的なエントランスを抜けると、隈らしい、力強くひとつながりになった動線が美術館を貫き、町と緑豊かな裏山をつないで周囲の景観に溶け込んでいく。

薄く細い木製のルーバーに覆われ、ちらちらとした光を通すガラスの壁に沿って右に曲がると、左手に竹林が見える。再び右に曲がるとエントランスホールに続き、さらに右に曲がると展示室にたどり着く。方向感覚を失って落ち着かない気分になり、表面と深さの境界があいまいになる。美術館のどこに行っても目に入るのは、ガラスを覆うバーコードのようなルーバーの模様だ。この美術館に展示されている広重の浮世絵は、版画で何色も色を重ねて奥行きを表現している。だが、それぞれのレイヤーは決して下のレイヤーを消すことはない。ほかの建築家と違って、「自分はスタイルを確立したいとは思わない」と隈は言う。だが、建築家という職業に関して、またその肩書を持つ者に対して挑んだ戦い同様に、この美術館も予期せぬ結果を招いた。

 いくら建築を“消そう”としても、隈研吾の建築はまぎれもなくわかるのだ。栃木県に隈がつくった「石の美術館」の壁は、ところどころ芦野石が切り取られ、そこに透明な大理石がはめ込まれている。冷たい光が石を透過すると、壁は昔のIBMのパンチカード(厚手の紙に穴をあけて情報を記録する媒体)か何かのように見える。「建築はものづくりに戻るべきです。本物の素材を使い、手を使ってね」と隈は言う。「工業化の前は、世界の大半はそういうシステムで動いていたのですから」。隈が自分の考えを述べた多くの発言と同様、これも彼の建築哲学だ。あるいは、裏切られることを見越した自己主張なのかもしれない。

伝統的な素材は好むが、隈は決して何かに執着するタイプではない。新たな効果をつくり出すべく、コンピューターを使ったデザインにも興味をもっているようだ。後日連れていかれた東京大学の彼の研究室にある資料室では、生徒たちがコンピューターを駆使して見慣れぬ素材の新たな使い道を研究していた。あたり一面に、じつに奇妙な、オーガニックのかごのような形のものが置いてある。隈は、学生のひとりが吊り下げているだらりとした穴のあいた円盤のようなものに触れ、それについてひと言ふた言、生徒と言葉を交わしている。どうやらそれは古いココナッツの外皮からとれる繊維〝コイア〞でできているようだ。建築素材として古くから使われているものなのかと尋ねると、隈は「まさか!」と笑った。「それはないな。誰も使ったことはありませんよ」。しかしその実、「使ったっていいじゃないですか」と言いたげだった。

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