現在建造中の新国立競技場を手がけ、世界の注目を集める建築家、隈研吾。彼は建築の可能性を問い直す一方で、資源が減少する今「建築はどうあるべきか」を模索しつづけている

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY STEFAN RUIZ, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 隈は職人と話すのが好きだ。彼らは伝統的な和紙や柔らかい大谷石(おおや)石ならではの可能性について、ヒントを与えてくれる。フランク・ロイド・ライトも大谷石に魅了され、取り壊されて久しい「帝国ホテル旧本館・ライト館」(1923年)でも随所に使っていた。しかし隈がこうした素材を用いるのは、社会的メッセージであり、また社会に対する批判を意図したものでもある。日本はコンクリートの建物を次々と建設しながら、経済の奇跡を成し遂げた。しかしそんな時代もはるか昔に終焉を迎え、日本経済は方向性を見失った。近代化以前の技術に戻ることで、これまでとは異なる新たな経済の枠組みの方向性を示すことができるのではないか─と隈は考えているのだ。「われわれは、新たなシステムを構築しなければならない。建築家には、新しい社会システムを示すことができるはずです」。つまり、隈はこう言いたかったのだ。建築家は、自らの建築を見せることで、われわれが何者であるかを示すことができるのだと。

 2011年3月11日に日本を襲った地震が引き起こした津波は東北沿岸の何十もの町をのみ込み、2万5000人を超える死者および行方不明者を出した。米国による広島と長崎への原爆投下以来の大惨事は、当然ながら隈にも大きな衝撃と悲しみを与えた。しかしその一方で、「自分の進もうとしている方向は間違っていない」と確信したという。津波の直後、自分が設計した建物のひとつの状況を心配した隈は、同僚とともに車で現地に駆けつけ、行き場を失った被災者に支援物資を届けた。隈が復興に関わることになった南三陸町は、津波で建物の60%以上が破壊され、少なくとも町民の約4%にあたる620人が命を落としていた。その地域は何世紀にもわたって何度も津波に襲われてきたにもかかわらず、海岸の近くに家を建てることが認められてきたのだ。このことを知った隈は、いかに日本が大きな過ちを犯してきたかを実感した。

 隈は、南三陸の再生プロジェクトでマスタープランを手がけている。彼のような有名建築家が地方での活動を続けるのは珍しいことだ。しかしそれをおいても、隈の活動は今、かつて提唱した「負ける建築」を大きく超えて展開されている。隈研吾建築都市設計事務所は、今や200人の社員を抱えるグローバル企業として、多くの建築プロジェクト同様、競争入札で巨大なコンドミニアム・タワーやラグジュアリー・ホテルなどの契約を勝ち取っている。

オランダと日本をルーツにもつ建築家で、隈の事務所から昨年9月に独立したマイケル・シプケンスは、隈の作品を絶賛し、隈研吾は日本建築をフォルムからディテールに向かわせることに成功したと語る。「日本の伝統的な空間は、つねに錯覚を起こさせることを重視してきました。そうすることによって実際以上に見せることができるからです。日本の伝統的手法を再現するという試みを通して、隈さんはそうした気分や雰囲気や......何かそうしたものをつくり出そうとしていた。彼は建築を消し、建築をささやかなものにしようと力を注いでいるのです」。それだけに、大手デベロッパーの仕事が多くなった今、隈が当初の輝かしい目標を見失うのではとシプケンスは懸念しているようだった。新国立競技場のプロジェクトについても、「事務所のスタッフは、それだけをとりたてて誇りに思うというわけではないと思いますよ」という。

 隈が地方でつくってきた細部にこだわった建築が、今後、世界で通用するかどうかはまだわからない。今のところ、南三陸のプロジェクトに、隈の建築への思いが最も純粋な形で表れているといえるだろう。私が昨年10月に隈のスタッフのひとりと南三陸を訪れたとき、町は再建工事で活気づいていた。人々の命を脅かした海岸へと続く川の堤防は高く築き上げられ、川床はコンクリートで固められていた。

小さな町と、そこに住む人々の営みを愛する隈は、南三陸にいち早く支援の手を差し伸べた建築家のひとりだ。町の中央にある市場の建材には、すべて杉が使われた。決して大きな建物ではないが、上品で考え抜かれたデザインだ。いつものように、これでもかと使われた木製の板は、隈の大好きなルーバーを思わせる。建物や町自体の脆弱性を考慮して、現在、より高い土地に移転して建て直し中だ。海岸から見ると、その建物は「消えて」もいないし、「負けて」もいない。それは暗く悲しい記憶が刻まれた土地にそびえたち、暖かな光を放つ灯台のように見えた。

PRODUCTION BY AYUMI KONISHI AT BEIGE & COMPANY

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