9丁目のタウンハウスで、グリニッチビレッジに今も息づくボヘミアンのスピリットを大切に守り続ける仲間がいる。―― 少なくとも今年の9月までは、その炎を絶やさぬようにと

BY MARY KAYE SCHILLING, PHOTOGRAPHS BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 つい最近まで、この建物のすみにある階段の1階から2階まで、年代ものの腰掛式リフトがついていた。それは数年前、ルース・フロストのためにつけられたものだ。ルースは夫のエドワードとともに、1958年にこの建物を3万8,000ドル(※当時のレート、1ドル=360円で換算すると約1,368万円)で購入した。彼は歯科医師でイーストビレッジにクリニックを開いており、彼女は出版業界で働いていた。彼らはかつて店舗だった階に入居し、ブローカーを介してほかの7つのアパート部分を賃貸に出すことにした。ルースは入居者を芸術に関わる人間に限定したので、住人が引っ越してしまうと、数カ月のあいだ空き家のままだった。入居を希望する人に、ブローカーはこう言っていた。「入居できるかどうかあまり期待しないように。フロスト夫妻はちょっとしたことにも、ものすごくうるさい人たちですから」

画像: アパートメント1 インテリア・ デザイナー、フェルナンド・サンタンジェロのリビングルーム。リュ・デュブルの彫刻作品が置かれている

アパートメント1 
インテリア・ デザイナー、フェルナンド・サンタンジェロのリビングルーム。リュ・デュブルの彫刻作品が置かれている

 夫妻は、最後の入居者であるフェルナンド・サンタンジェロに会う前に亡くなったが、もし彼に会っていたら入居を許可していただろう。フロスト夫妻は、長いこと空き家になっていた庭つきのアパートにサンタンジェロが入居したのと同じ頃、昨年の秋に相次いで亡くなった。サンタンジェロが引っ越してきたのは、キッチンはなく、ホットプレートひとつとシンクと小さな冷蔵庫があるだけのアパートだ。3つある小さな部屋は、ほこりをかぶった箱と、生涯をかけて蒐集された品々であふれていた。そのほとんどはフロスト夫妻の所有品だ。インテリア・デザイナーであるサンタンジェロは、これ以上ないほど喜んだ。「僕は古いガラクタが大好きなんだ」と彼は言う。「年代を経て朽ちたものがあると落ち着くんだよ」

 彼は1カ月かけて、いるものといらないものとを仕分けし、丹念にアパートの中を掃除した。洋服は寄付したり捨てたりし、価値がありそうなものはえり分けて保管した。たとえば、ほこりにまみれたジャズのレコードやアート作品(何点かのすばらしい抽象画から、ビーグル犬の肖像画という風変わりなコレクションまで)、エドワードが手作りした緻密な帆船の模型、夫妻が集めた古い蓄音機やピアノロール(※オルゴールや自動ピアノを演奏する際につける巻き紙)などなど。放置されてツタが茂り放題になった庭の中心には、立派なニワウルシの木が生えていた。その庭で、サンタンジェロは素焼きとセメント製の彫刻をいくつも発見した。どれにも作者のサインはなかったが、室内の箱のひとつに入っていた『ニューヨーク・タイムズ』紙の訃報欄の記事から、作者はリュ・デュブルであること、その表現主義の彫刻作品がホイットニー美術館に所蔵されていることがわかった。さらに調べてみると、彼女は1970年に74歳で亡くなるまでの20年間、今サンタンジェロが暮らしているアパートに住んでいたことが判明した。

 そして、今も彼女の一部はそこに住んでいる。サンタンジェロは箱の中に埋もれていた彼女の彫刻を見つけ出し、そのうちのいくつかを居間に飾ることにした。それは、偉大な文化的活動ともはや古ぼけてしまった栄光―つまりグリニッチビレッジそのものを讃える聖なるオブジェクトだ。

 

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