漫画家としては、あの手塚治虫以来二人目となる、国立の美術館での個展を実現した荒木飛呂彦。その代名詞とも言える『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズを30年以上描き続ける、荒木の創作哲学とは

BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPHS BY MIE MORIMOTO

 その答えは、原画展の開催にあたり荒木がコメントした「漫画界に感謝したい」との言葉の真意にも紐づいていた。
「漫画界への感謝とは、今のこの業界を盛り上げている若い作家に対してでもあり、もちろん先輩たちへの感謝です。『ジョジョ』という作品は、僕がずっと手塚治虫先生や藤子不二雄先生、ちばてつや先生、大友克洋先生などの作品を読んできて、“そうではないもの” “彼らと似ていないもの”を描く、という発想で生まれているんです。先輩なくしてはありえない」と荒木。“そうではないもの”とは、“アンチ”ではない。脈々と受け継がれる漫画の王道的な面白さや表現、スタイルをロジカルに研究し、その本脈の上に“新しいもの”を生み出そうとするプロセスが『ジョジョ』の源泉だということだ。「今思えば、70〜80年代の漫画家は天才たちだらけ。また、音楽やファッションでも新しいものがどんどん生まれて、刺激的でした。あの時代にデビューし『ジョジョ』を描き始めることができたのは、よかったかもしれない」

画像: 《第1部ファントムブラッド》『週刊少年ジャンプ』1987年第46号より。 第1部の主人公ジョナサン・ジョースターが死亡するシーン。当時の少年漫画のセオリーを破るものとして話題になった © HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA www.tjapan.jp

《第1部ファントムブラッド》『週刊少年ジャンプ』1987年第46号より。
第1部の主人公ジョナサン・ジョースターが死亡するシーン。当時の少年漫画のセオリーを破るものとして話題になった
© HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA

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 当時、影響を受けたもののひとつに、ホラー映画を挙げた。80年代は、低予算で実験的な作品が次々と制作された、ホラー映画の発展期だという。「日本で公開されていない映画をビデオで輸入までして。なかでもゾンビ映画は、“死んだ人が生き返る” “ボスは存在せず、すべて平等”と、人間社会の哲学やルールと逆転していて、面白いんです」。またその頃のバブル経済の様相も『ジョジョ』に影響を与えたと述べる。それは少年漫画のヒットのセオリーにもなっていた“トーナメント形式”のバトルを採用しないこと。“トーナメント形式”では主人公は強い者を倒し、さらに強い者と戦っていく。そうすると最終的にはパワーはインフレを起こし、崩壊してしまうだろう。そこで荒木は、主人公が旅中に敵と出会い、“すごろく形式”で戦うというスタイル、また力ではなく知恵で戦う“頭脳戦”という方法を選んだ。

画像: アトリエの本棚には、世界各地の建築やインテリア、乗り物などの参考資料が並ぶ。なかには料理のマナー本もあり、徹底したリアリティを求める荒木のこだわりがうかがえる www.tjapan.jp

アトリエの本棚には、世界各地の建築やインテリア、乗り物などの参考資料が並ぶ。なかには料理のマナー本もあり、徹底したリアリティを求める荒木のこだわりがうかがえる

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画像: 普段の漫画を執筆するアトリエにて。 基本デジタルは使わず、アナログ派。自宅からここまでは徒歩で通勤 www.tjapan.jp

普段の漫画を執筆するアトリエにて。
基本デジタルは使わず、アナログ派。自宅からここまでは徒歩で通勤

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 そうやって荒木は、哲学や経済そして自然科学などをうまい具合に取り入れながら、『ジョジョ』の世界に、今われわれが生きる世界に通じる“同時代性”や“現実感”を加えてきたように思える。
「たとえば、木を描くとき、枝がどうついているかをきちんと観察していないと変な絵になってしまいます。絵を描くことは、ある種、化学実験。絵を描きながら学んでいる部分もあると思います。自然科学や物理学、そして哲学や経済、そういったものが全部一体化した思想や理論の中で『ジョジョ』の世界を描いていくことが理想です。漫画はファンタジー、架空の世界の話。ですが、一体化した思想や理論のもとに描いていくと、不思議とキャラクターたちが、今そこに“存在”している感じがしてくる。それがすごく楽しいし、その絵を目指している」

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