ピアニストの内田光子が、カーネギー・ホールでのコンサートで、人生で初めて恋をした作曲家の一人、シューベルトを演奏した

BY JOSHUA BARONE, PHOTOGRAPHS BY VINCENT TULLO, TRANSLATED BY HIKARU AZUMA

 自分のミュージシャンシップから何を望んでいるか、正確に理解している、という彼女の確信は、(思いがけないことかもしれないが)他の音楽家との演奏の際にもっとも顕著に現れる。例えば、今年の3月に行われた、マーラー室内管弦楽団とのカーネギー・ホールでのコンサートで、彼女がモーツァルトの『ピアノ協奏曲 第19番 ヘ長調』と陰鬱な『ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調』を弾き振りした時のことだ。全身を動かしながら、ピアノに向かうのと立ち上がって指揮棒を振るのを繰りかえしている間、拍子を合わせることには、ムードやテクスチュアを身振りで表すことほどは気にかけていなかった。オーケストラはまるで彼女の弾くピアノの延長であるかのように演奏していた。

画像: Mozart: Concerto for piano and Orchestra (d-minor) K.466, Uchida youtu.be

Mozart: Concerto for piano and Orchestra (d-minor) K.466, Uchida

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 結局のところ、演奏は彼女のものであったにもかかわらず、全体を通してオーケストラとのギブアンドテイクの感覚がそこにはあった。それこそ、内田光子の幸福感に満ちた心が求めるものだろう。ヴァーモントで開かれる、マールボロ音楽祭において芸術監督を務める内田とともに活動していた、ヴァイオリニストのアレクシー・ケニーは、はじめて彼女とリハーサルを行った時について、「我々よりも、彼女の方が物事を理解しているといったような気取った空気は、そこには一切なかったですね」と語っている。

 彼らの共同作業は、会話と演奏が半分ずつだった。「彼女は充実した生活を送っていると思います」アレクシー・ケニーはそう述べた。「彼女は食べることが好きで、芸術を愛し、また政治にも関心がある。彼女は何についてでも話ができるのです。それが若い演奏家たちにとって、他のさまざまなことに興味を持つための刺激となっています」。

 内田は、自身のことを「隠れ“ブリッジ”読者」と呼んでいる。自身を下手なプレイヤーであると主張しつつ、彼女は空いた時間に、お茶や希少なワインを飲みながらブリッジについての本を読んでいるのだ。ロンドンにある彼女の自宅には、何台かのスタインウェイのピアノを備えた、ワインセラー兼リハーサルスタジオがある。

 彼女は演奏者仲間を呼んで、音楽について語ったり、じっくり読み通したりすることが好きだ。シューベルトの演奏家としても知られているテノール歌手のマーク・パドモアもそのうちの一人で、内田光子はシューベルトの死後にまとめられた歌曲集である『白鳥の歌』を、彼と一緒に演奏しようと計画しているそうだ。

「私は最近よく、リハーサルを意味する別の言葉について思い出していました」と、マーク・パドモアはインタビューの中で述べている。「フランス語では“repetition”、再現するという意味を持ちます。またドイツ語では“probe”、証明するまたは挑戦するという意味を持っています。英語で“rehearsal”とは、聴覚と関係のない意味なのです。その言葉の語源は、種まきのために土地を耕すということなのです。光子と作業をする時には、そんなリハーサルを意味する3つの姿勢が確実に存在していると思います」

 彼らは一緒に文学や伝記、手書きの草稿を参考にしながらシューベルトの曲を研究している。(内田光子はシューベルトの草稿に夢中になっており、それらを使って彼の楽譜の初期版と現代版との間に時折存在する誤りを発見している。)

「そういったことはすべて重要で、それらは私たちが演奏に至るまでの筋道を教えてくれるのです」そうマーク・パドモアは述べた。「実際のところ、彼女はそういったプロセスやリハーサルを楽しんでいます。できることなら、きっと彼女は一つの作品に対して、6週間毎日リハーサルをすると思います」

 内田は、年々パフォーマンスの数を減らしてきた。彼女いわく「永遠に、遠くない未来においては確実に」続けていきたいマールボロ音楽祭に集中するために、さらに負荷を軽くしていきたいそうだ。彼女は、「旧友」であるバルトーク、そしてもちろんシューベルトの作品を追究していきたいと思っている。カーネギー・ホールでは、2020年3月にマーラー室内管弦楽団とモーツァルトの協奏曲のパフォーマンスが、また4月にベートーヴェンのソロパフォーマンスが決定している。

「最近、人間は永遠に生き続けると言われているけれど、それはとても興味深いことですね」。内田光子はそう言った。「けれども、私はいつか終わりを迎えたいわ」

 再び、彼女はまるでクッキーを盗んで逃げていく子供のように喜びに満ちた顔で笑った。そして笑いながらこう付け加えた。「ちゃんとした音楽を作り出せる限り、私は生きたいわね」

 

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