BY AZUMI KUBOTA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
パリを拠点に活躍を続けるファッションデザイナー、島田順子さん。78歳になる今も第一線でキャリアを築きながら、仕事場であるパリとブーロンマーロット村の田舎の家、東京、故郷である館山の別荘を行き来して、のびやかに人生を楽しむ。親しい人々を自宅でもてなすことを喜びとし、「人と食をともにすることは、人生をわかちあうこと」と語る彼女。まだ残暑厳しい頃、東京の自宅に戻っていた島田さんに、心豊かに暮らす秘訣を聞いた。
「夏の初めに、ブーロンマーロットの家の庭に紫蘇の種を撒いてきたの。フランスに帰国する頃にはきっと収穫できるはず。そうしたら娘と孫、友人を呼んで、日本の素麺をふるまう“夏の終わりのパーティ”をしようと計画中です。素麺はざるにざっと盛って、大きな氷をいっぱい添えて、それだけでご馳走ね。庭には紫蘇のほかに山椒の大きな木もあるから、薬味もたっぷり。みんな、きっと大喜びするわ」と目を輝かせる。
島田順子さんの頭の中には、人をもてなす楽しいアイデアが次々と浮かんでくるようだ。食卓に集う人々を喜ばせ、自分自身も心弾ませる。もてなしの極意について訊ねると、そんな大げさなものはないけれど、と笑う。「そうね、まずはお招きする人の好きな食べものを思い出します。そこでひとつメニューが決まると、次は連鎖反応で次々と。例えばあの人はお肉が好物ね、そうしたらお豆腐と湯葉をアントレに、枝豆をどっさり…… そんな感じ。簡単でしょう?」。無理して凝ったことはしない。誰かのことを考えて楽しみながら作る料理、設える空間、そのすべてに自分らしさが自ずとあらわれる、と語る。
ゲストがたくさん集まる家だからテーブルウェアも充実しているが、ひとつひとつに愛着がある。「このタンブラーは小さなアンティークショップで見つけたもの。描かれたモチーフひとつで、ゲストとの会話が広がってゆくでしょう? それを想像したら、楽しくていいなあと思って。今ここで買わなきゃなくなってしまうからと、全部連れ帰りました。そんな出会いが嬉しいじゃない?」
心ときめくとき、お気に入りについて語るとき、島田さんの唇から「嬉しいじゃない?」「楽しくて」——何度もその言葉がこぼれる。幸福なフレーズが響く空気も、彼女の部屋でゲストが受けるもてなしかもしれない。
9月に刊行した著書『パリー東京 とらわれず、しばられず 今日、今を生きる美しい人』(集英社インターナショナル刊)は、そんな島田さんの生き方、考え方を数々の写真とともに捉えた一冊だ。少女時代から、渡仏して現在にいたるまでを克明に語った半生記であり、暮らしのすみずみできらめくセンスを凝縮したライフスタイルブックでもある。自然体で人を招き、料理や空間を準備する島田さんの暮らしぶりは、真似したくなるアイデアの宝庫。器づかいを始め、身の回りのファッション、インテリアに、洗練されつつも、自由闊達な美意識がゆきわたる。
本書の中で、「好きなものに囲まれて暮らしていたい」と語る島田さん。どうやって愛するものたちをコレクションしてきたのだろうか。「欲しかったものを見つけたときは一瞬でわかるものです。少し高価かなと思っても、数を計算して省いたりしないで、あるだけみんな買ってしまう。そういう無駄なことをしてしまうのが私の贅沢ね。自宅にあるものはそんな風にして集まったものばかりです」。好きなものはずっと好きだから、捨てずに直しながら、長いこと人生を共にする。「歳を重ねてこんなに物が増えてしまって、一体どうしましょう? でもね、持っていても無駄になるから買わない、なんて私は思いません。意味がないと言われるようなものこそ、目に映った時に楽しい気持ちになるでしょう? それは私にとってみんな必需品です。無駄をなくしたら窮屈よ。無駄があるから文化があるんです」ときっぱり。
花々はそんな島田さんの “素敵な無駄”のひとつであり、人生を彩る必需品。「野原に咲く花がいちばん好きで、いつも花鋏を持ち歩いています。もともと館山の山あいで育ちましたから、温室育ちの高価な花をわざわざ買うより、自然の中に咲いているものがいちばん綺麗だと思う。ちいさな一輪を可愛いと思い、その素朴な美しさを愛でる、それだけで幸せだと思わない?」
少女のような素直な感性を持って、日々の暮らしを楽しむ。それがどれだけ豊かなことか。生活の中の幸せの感じ方、美しさの感じ方を、この女性は知っている。