BY OGOTO WATANABE
聖母マリア像を先端に、多くの聖人と尖塔が空に向かって立ち並ぶミラノのドゥオモ。この大聖堂に隣接するレアーレ宮殿で、展覧会『ヴァン クリーフ&アーペル:時、自然、愛』が開催されている。かつては王族の住まいでもあったネオクラシック様式の宮殿は、内部に大理石の荘厳な大階段を擁し、壁も天井も床にも技を極めた壮麗な装飾が隅々まで施されている。宮殿の部屋を舞台に展開される本展は、ミラノ市文化局とレアーレ宮殿が主催し、ヴァン クリーフ&アーペルとコロー二財団の協力により実現。400点以上のメゾンのジュエリー作品、時計、芸術工芸品が一堂に会する。
ビロードのカーテンを開け、最初の部屋へ入る。「Time―パリ」と名付けられた部屋には、シックな照明のなか、凱旋門から続くシャンゼリゼ通りの風景を浮彫りにしたコンパクトケースや、ヴァンドーム広場のオベリスクをかたどったライターなどが浮かぶように展示されている。真紅のルビーをミステリーセットの技法でオペラ座の緞帳に見立てた、見事なネックレスも。1906年、パリで創業したこのメゾンの原点をあらためて認識させられる。
続く部屋は「Time―エキゾチシズム」。1922年、ツタンカーメン王墓の発見という考古学上のニュースに着想を得たエジプト風のジュエリーを筆頭に、インド、アフリカ、南米、ペルシアなどに縁を結ぶジュエリーが並び、さながら宝石でめぐる世界旅行だ。「ハイジュエリーは世代を超えて継承されるべく、タイムレスな価値を期待されるものです。一方で、そのジュエリーが生まれたときの時代性も反映されるもの。優れたジュエリーは、永遠と現在、その二側面を宿すのです。同時にジュエリーとは、ローカルとグローバルを結ぶもの、世界と人をつなぐ文化なのです」。そう語るのは、本展のキュレーションを手がけるアルバ・カペリエーリだ。
3つめの部屋は「Time―軽さ」。カペリエーリは、テーマのひとつである“時”の概念を10部屋で構成し、表した。その半分の5つの部屋に、イタリアの小説家、イタロ・カルヴイーノの遺著「新たな千年紀のための六つのメモ」で取り上げられた価値を引用した。1984年、ハーバード大学から招聘を受け、全6回の講義のために準備された草稿には、来たるべき新時代に伝えられるべき価値として「軽さ」「速さ」「視覚性」「正確さ」「多様性」、そして「一貫性」が提示されている。カペリエーリはそこにヴァン クリーフ&アーペルの作品群とメゾンの精神に共通するものを見出したのだ。
「軽さ」の部屋に展示されるのは、しなやかにデコルテに添い、輝きで満たす王妃のためのネックレスや、ふわりと宙を舞うような羽根をかたどったジュエリーの数々だ。硬質で重い金属や鉱石が、メゾンの美学と技によって、しなやかさと透明感をたたえた、軽やかなジュエリーへと変容する。
カルヴィーノはメモのなかで、神話や古今の文学作品や科学の見地を考察の対象に用いながら、「重さ」などの対立する価値からも「軽さ」の価値を明らかにしていくのだが、その文学的な知の探検と、メゾンの美の理念とそれを具現化する道程が重なり合う。
続く「速さ」の部屋では中世に建てられた王宮に、メゾンが20世紀初頭から今日までにさまざまな形態で作った時計が並ぶ。見えないはずの“時”のさまざまな概念が共存する様相は、空間のなかに聴こえるはずのない音楽の存在をも連想させ、圧倒される。
そして次の部屋のテーマは「Time―視覚化」。一面にフェアリー、ペガサス、ユニコーンが羽ばたき、舞う。「メゾンのアイコンのひとつ、フェアリーは1940年代に生まれました」と語るのは、ヴァン クリーフ&アーペルのヘリテージ エキシビション ディレクターを務めるリース・マクドナルド。「20世紀は二度の世界大戦により、引き裂かれた時代でもあります。第二次世界大戦の最中、暗い時代に明るい希望を灯すものを表現したいという願いから、このフェアリーは誕生しました」