BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPH BY SHINSUKE SATO, PORTRAIT BY TOMOKO SHIMABUKURO
話は1991年にさかのぼる。バブル崩壊後のこの年、多くの料亭が姿を消した。「京都吉兆」でさえ、客の足が遠のき、つぶれかけたという。「父親の代は、コツコツまじめにやってさえいればどうにかなっていた。でも、もうそんな時代じゃない、世の中に料亭は必要ない、つぶれても仕方ないといったんは思いました」。本物であっても、世の中に必要とされなければ自然淘汰される。この経験が徳岡に、「世の中に必要とされる存在でなければ」という強烈な思いを植え付けた。
だしに関しても、「本格的なだしの引き方」を教えるより、だしパックのようなインスタント商品であったとしても、本物の味を再現できるものを目指せば必要とされると考えたのだ。ただし、あくまでも昆布と鰹節だけで。
世に出回っているだしパックの多くは、さまざまなものが添加されている。昆布と鰹節だけでは、目指すうま味をなかなか出せないのが実情だ。しかし、徳岡は妥協しなかった。日本各地の昆布と鰹節生産者を巡り、鰹節は上品でキレのある味わいを引き出せる鹿児島・枕崎産か山川町産、あるいは静岡・焼津産の本枯鰹節を選んだ。貴重な鰹節を仕入れるには「にんべん」の力を借りた。昆布は、どこのものよりうま味が強い北海道・羅臼産にたどり着いた。
しかし素材を粉末にしただけでは、おいしいだしはとれない。ここに「京都吉兆」ならではの技が導入されたという。残念ながら詳細は企業秘密。テトラパックを採用したのは、四角く平べったい一般的なパックより体積が大きくなるため、成分がまんべんなく抽出されると考えてのことだ。
「パッケージの中には、京都吉兆が開発したレシピも同封しています。僕にとって、だし料理のベスト3は茶碗蒸し、かやくごはん、だしで炊いたお粥かな。身体が弱っているときは特に、やさしいだしの味に心も身体もほっとします。茶碗蒸しやお粥は、離乳食や介護食にもいいですね」
徳岡は、特に子どもたちにこのだしを味わってほしいと言う。「本物のうま味を舌で覚えてほしいから」。そして、このだしを世界へ広めたいとも。「近年はヨーロッパのシェフたちが“うま味”に関心を示してくれるようになってきましたが、僕はもっと多くの人たちに日本のだしを味わってほしい。そのため、だしに鶏のスープを合わせた新しいだしを提案しようと考えています。
鶏は宗教的なしばりがなく、世界中で食べられている食材です。欧米風のコトコト煮る手法ではなく、日本料理の時短な調理法で鶏スープを作ってだしに合わせると、うま味があり、ヘルシーで満足感も得られます。料理を薄味に仕上げられ、成人病予防やダイエットにもいい。栄養価が高いので、満足なものを食べられない発展途上国の子どもたちにもいいでしょう」
徳岡がこういった提案をするのも、世界各国で日本料理のデモンストレーションを行い、その手応えを肌で感じてきたからにほかならない。本物のだしを日本の子どもたちへ、そして世界へ。だしから広がる可能性は無限だ。
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京都吉兆 食文化創造部
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