伊豆高原でふたりの女性が営むレストラン「jikka(ジッカ)」。童話の世界から抜け出したような建物の中では、とびきりの家庭料理と温かいもてなしが待っている。自ら作った終のすみかで過ごす彼女たちの生き方とは?

BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

 超大型台風が日本に迫る2019年秋のある日、鉛色の海を眺めながら東京から伊豆高原へと向かった。電車に乗ること約2時間、目的は「jikka(ジッカ)」と言う名のレストランを訪ねること。東京から移住した須磨信子さんと藤岡幸子さんが営む店だ。

画像: 藤岡さん(左・63歳)と須磨さん(右・70歳)。ふたりは25年来の友人であり仕事仲間でもある

藤岡さん(左・63歳)と須磨さん(右・70歳)。ふたりは25年来の友人であり仕事仲間でもある

 伊豆高原駅から車で10分ほど行った山の中腹にjikkaはある。敷地の入り口に到着すると、エプロン姿の須磨さんがやってきてレストランへと案内してくれる。木々が生い茂る敷地には、ところどころ前回の台風で折れた枝がまとめて置かれている。「こうしておくとアートみたいでしょ?」と須磨さん。「私たちには手も足も出ないくらいの倒木だったから、地元の若者たちがチェーンソーで切ってくれたの。今日のランチは、手伝ってくれた人たちや日頃お世話になっている方々を招いての感謝の食事会です」

画像: とんがり屋根が特徴的な建築は須磨さんの息子の須磨一清さんが設計

とんがり屋根が特徴的な建築は須磨さんの息子の須磨一清さんが設計

 斜面を上ってゆくと、とんがり帽子のような形状の建物が現れる。ネイティブアメリカンのテントはたまた妖精の住処のような建物のデザインは、須磨さんの息子で建築家の須磨一清さんが手がけた。建物は5棟あり、一番大きなものがレストランとキッチン、そのほかはベーカリーキッチン、ふたりの住居棟、そして介護入浴用のスロープ風呂を備えた宿泊棟となっている。広さ、天井高が異なる5棟は緩やかにつながり、プライバシーは保たれるが隣の気配は感じ取れる設計となっている。

 レストランへと入ると、藤岡さんは仕込みの真っ最中。須磨さんも作業へと戻る。天井高が9mある空間には、3つの大きな半円形の窓が配置され開放感にあふれている。窓は出入り口としても機能し、訪れるもの誰をも歓迎するふたりのあり方を表すようだ。

画像: レストランの開店準備に勤しむオーナーの須磨信子さん(左)と藤岡幸子さん(右)

レストランの開店準備に勤しむオーナーの須磨信子さん(左)と藤岡幸子さん(右)

 jikkaを作る話は20年以上も前から始まった。当時、須磨さんは藤岡さんとともに地元の東京・西荻窪で高齢者にお弁当を作り届けるサービスなどを行う福祉作業所で働いていた。一清さんは振り返る。「同じ作業場で働き、家族ぐるみの付き合いをしていた藤岡さんとともに老後は地方へ移住して、地域のコミュニティに尽くすようなかたちで過ごしたいと母に言われました。終のすみかであり、コミュニティのたまり場になり、介護もできるゲストルームも設けた建物を作ってほしいというのが要望でした」。

画像: jikkaには介護に対応した宿泊スペースも設置。車椅子の人が入れるようにお風呂はスロープ式に

jikkaには介護に対応した宿泊スペースも設置。車椅子の人が入れるようにお風呂はスロープ式に

母の思いを受け、ふたりの生き方を形にしたような建物をデザインした。三角屋根の形状は、尾根にある敷地の環境や竪穴式住居から生まれた。「竪穴式住居では中央に火があって、それを囲むように人が集いました。jikkaも真ん中にキッチンを置き、人が集う場を作り出しています。またここは彼女たちが生涯を終える場所にもなるので、亡くなって土に還り天に昇ってゆくのはこんな感じなのかなと思い、空に向かってゆくような三角屋根をデザインしました」

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