北の大地に根を張ってひたむきに我が道を歩み、大地が育む食材の命を皿の上に開花させてきた料理人、中道博。力強く、かつ洗練されたその味はどのように培われたのか。札幌そして美瑛を訪ねた

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA

 窓に円山公園の樹々の葉が揺れ、店内にはほどよい緊張感と温かな空気が流れている。ワインが開けられ、皿が運ばれてきた。突きだしはあつあつのきのこのスープ。フレンチには珍しく、舌がやけどしそうに熱い。きのこの香りがこれでもかとあふれている。

「北海道フレンチに中道博あり」。フランス料理界やフレンチ好きに、彼の名前は轟とどろいている。札幌のフランス料理店「モリエール」のオーナーシェフで、ほかにも6つのレストランやオーベルジュを手がける。昨秋、友人たちと「モリエール」を訪れた。食材の味を目いっぱい引き出し、力強く、洗練された味わい。食材が皿の上で躍動している。最新鋭の調理法や道具は一切使わない。食卓に、店の空気感に、これからのレストランのあり方が見えたような気がした。

画像: 中道博。フレンチシェフ。レストラン「モリエール」「マッカリーナ」ほかを手がけるラパンフーヅ代表。その行動力と深い洞察力、情の厚さで料理人や生産者たちから慕われている

中道博。フレンチシェフ。レストラン「モリエール」「マッカリーナ」ほかを手がけるラパンフーヅ代表。その行動力と深い洞察力、情の厚さで料理人や生産者たちから慕われている

 生まれは北海道登別市。金箔職人だった父が金沢へ移住したのは、中道が3歳のとき。中学3 年まで金沢で育った。「思い出せば、貧しいけれど掃除が行き届き、季節の花が活けられて、凜とした空気が漂う家でした」。料理人になったのは、職人になりたかったから。テレビで見た、法隆寺の宮大工の棟梁・西岡常つね一かずの「人間は褒められると、褒められたくて仕事をするようになる。そういうふうに造られた建物には、ろくなものがない」という言葉が心に残った。「褒められない仕事をしたいと思ったわけです。それなら職人だと」。調理師学校卒業後、「札幌グランドホテル」の料理部門に就職。4 年間働き、フランスへ渡った。3年間の修業を経て北海道に戻り、「モリエール」をオープン。北海道を代表する店に育てた。その10年後、今も師と仰ぐアラン・シャペルに出会った。

画像: 「モリエール」はミシュランガイドで三ツ星を獲得。今春からメニューを少し替える予定。テーマは「腹八分目、おかわりあり」。それぞれの客に合った量で気軽に楽しんでほしいとの思いをメニューに込める

「モリエール」はミシュランガイドで三ツ星を獲得。今春からメニューを少し替える予定。テーマは「腹八分目、おかわりあり」。それぞれの客に合った量で気軽に楽しんでほしいとの思いをメニューに込める

画像: 調理される前の百合根。百合根は羊蹄山の麓あたりが日本一の産地

調理される前の百合根。百合根は羊蹄山の麓あたりが日本一の産地

 中道といえば、地元の食材を大事にし、その魅力を最大限に生かした料理で知られる。北海道は日本一の百合根(ゆりね)の生産地。そのことを知ってほしいと、百合根の料理2品を作ってくれた。夏の間に育った百合根を、秋に植えかえ、雪の下で休眠させ、春になるのを待つ。この作業を繰り返すこと6 年。ようやく客に出せる百合根となる。

 日本料理に上品に使うのではなく、大地のエキスをため込んだ百合根の力強さを表現したいと、中道は27、28年前から「茹(ゆ)でこぼし」と呼ぶ料理を作り続けている。その日の百合根によって、塩加減を調整しつつ、茹で時間を秒単位で変え、野菜ブイヨンのクリームを添える。やわらかな甘みが際立ち、口あたりはほっくり。目を閉じれば、百合根の育った大地がまぶたに浮かぶようだ。当初は突きだしとして、ひと口サイズで出していた。「素朴すぎて自信がない中、ずっと出し続けていたらある日、『いいねえ、この料理』って。ああ、お客さまに受け入れられた!と思いました」。その後、メニューに加えた。このように「モリエール」では、数年かけてメニューに載るものもある。

画像: 「百合根の茹でこぼし」。「北海道の雪景色と色合いが重なる、冬の料理」と、中道のお気に入りのひと皿

「百合根の茹でこぼし」。「北海道の雪景色と色合いが重なる、冬の料理」と、中道のお気に入りのひと皿

 一方、最近作り始めたのが、「百合根のロースト」。半分に切った百合根の下半分だけをバターに浸してローストし、上半分は同時に蒸し煮にする。上下を返さず、そのまま火入れをするので、下半分は焦げたバターの香りをまとい、しっとり柔らかな口あたり。上半分は火の通りの浅い、しゃっきりした食感で、本来の甘みを感じる。基本的な調理法しか用いていないのに、上下で異なる味わいと食感のグラデーションを楽しめるひと皿。

画像: 「百合根のロースト」。息子の博一が食材担当マネジャーとして働くデンマークの名店「noma(ノマ)」のカリフラワーのローストから調理法の着想を得た

「百合根のロースト」。息子の博一が食材担当マネジャーとして働くデンマークの名店「noma(ノマ)」のカリフラワーのローストから調理法の着想を得た

画像: 「黒蝦夷アワビのロースト」。むっちり柔らかなアワビに、濃厚なイカスミの味が重なる

「黒蝦夷アワビのロースト」。むっちり柔らかなアワビに、濃厚なイカスミの味が重なる

 3皿目はそれまでの白い皿に対して真っ黒な黒蝦夷アワビの料理。昆布で巻いて10分ほど蒸し、イカスミのパン粉をつけて太白ごま油で焼く。イカスミのソース、アワビの肝を酒粕と味噌に漬けて発酵させたペーストと、木の芽が香るイカスミのリゾットを添える。アワビを蒸すと一瞬、パンッと膨らむ。その瞬間に引きあげるのがこの料理の「妙」。その一瞬を逃すとアワビは硬くなってしまう。中道は「食材には旬が二つある」と言う。収穫時の旬と、火入れしたときの旬。それらの「旬」を見極めるのが料理人の仕事なのだと。

モリエール
住所:北海道札幌市中央区宮ヶ丘2-1-1 ラファイエット宮ヶ丘1F 
電話:011(631)3155
公式サイトはこちら

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