BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA
札幌から車で約2時間、美瑛に向かう。四季折々に美しい姿を見せるなだらかな丘にある、中道がプロデュースしたパン工房を併設するオーベルジュ「ビブレ」と、後進のためにつくった「美瑛料理塾」を訪ねた。どちらも自治体と手を組んで、廃校になった小学校を活用し、2014年にオープンした。美瑛が小麦の一大産地であることを生かし、「ビブレ」では石窯で焼いたパンを主役にしている。
パン職人の小川久雄は、フランスから取り寄せた材料で石窯を組み立てるところから参加し、薪で焼くパンに取り組んできた。中道は話す。「最初の1~2年、小川は薪の火や窯の熱の扱いに苦労していました。5年目に、窯の中が空だったのを見て、なんでパンを焼かないんだと尋ねたら、『窯の中で熱が暴れているので、落ち着くのを待っている』と。ああ、一人前に育ったなと思いました」
「目で見て、耳で聞き、肌で感じて、石窯の様子を確認します。石窯では五感をフルに使わなければなりません」と小川は言う。「ビブレ」の目の前に広がる畑で採れた小麦の粉も使い、27、28種類のパンを毎日焼く。石窯で焼いたパンといえば、口あたりのしっかりした素朴な焼き上がりのものが多いが、ここのパンはそれらとは一線を画す。粉の甘みや香りがくっきり際立ち、味の余韻が長い。皮はしっかり焼けてパリッと香ばしく、中はしっとりきめこまか。力強い味わいながら、洗練されているのは、中道の料理と同じだ。
中道が大切にしている言葉がある。敬愛するアラン・シャペルが彼に言った「真実の料理は家庭にある」。本来プロが手がけるレストランの料理は家庭のそれとは大きく異なるはずなのだが、料理の極意はここにある、と。家の食事は、旬の素材、できたての料理を家族で食べるのが喜び。なにより、家族の体調などを慮(おもんぱか)る作り手の気持ちが込められている。「素材に手をかけすぎず、できたてを出す」という彼の料理の哲学は、シャペルの言葉に通じる。
「ビブレ」の客は、ディナー前にまずパン工房に案内される。窯から出したばかりのプレッツェルとシャンパンを石窯の前で楽しんでから、ダイニングへと向かうのだ。「ゆくゆくは工房の作業台をテーブルにして、焼きたてのパンと窯から出したばかりの料理でもてなしたい」と中道は“これからのレストラン”の姿を思い描く。
名を成すことを望まない中道だが「料理から学んだ大切なことを次世代につなげていきたい」と考えている。「美瑛料理塾」はその試みのひとつ。現在はふたりの若者が寄宿舎生活で料理を学んでいる。これまでは料理の技を教えたり、ともに生産現場を訪ねたりしてきたが、今後は料理の根っこの部分をメインに教えていく予定だという。
「料理の技術は時がたつに連れて変わっていく。それよりも、なぜこの料理が生まれたのか、なぜこの素材にはこの火入れなのか。レシピをたくさん覚える必要はない。レシピの行間を読み取る力が大切なんです」
時には、塾生や仲間とともに工房の石窯の前の作業台を囲み、夜遅くまで話し込む。目の前には窯から出したばかりの「コック・オー・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)」と焼きたてのパン。中道は言う。「幸せはシンプルなものなんです」
ビブレ
住所:北海道上川郡美瑛町字北瑛第2 北瑛小麦の丘
※1~3月は冬季休業
電話:0166(92)8100
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