TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA

手作りのクーラー室で焼き立てプリンの熱を逃す。しぼりたての成分無調整牛乳を使っていると、焼いている間に牛乳の脂肪分が上に集まってくる。プリン1個の内容量は約1000gで¥3,200
1~2月は雪で覆われた日高山脈が美しくて、早朝と日の入り前に、山々がピンク色に染まるのを眺めるのが楽しみに。先日の道東地方の記録的な大雪で、朝起きたら窓の半分以上の高さに雪が積もっており(120cm!)、家から出ることができないので、大型台風が来た時の小学生のようにワクワクする反面、不安も半分。外に泊めていた車は跡形もなく埋まっており、雪かきして掘り出し、車を出せるようにするのに一苦労で、手には豆が出来、翌日は筋肉痛で腕が上がらず(涙)。

雪のなかの「エゾアムプリン製造所」。プリンを注文するとこの写真のポストカードが付いてくる
PHOTOGRAPH BY KOICHI KATO
今回、訪ねたのは富良野の「エゾアムプリン製造所」。予約待ちしないと買えない人気のプリン屋さんだ。店主のアムちゃん(本名・加藤かおりさん)と、カトキチさん(本名・加藤公之さん)には、彼らが北海道に移住する前に友人を介して東京で会っており、当時、移動販売で販売していたプリンがとてもおいしかったことを覚えている。彼らは2006年に北海道に移住したので、まさに20数年ぶりの再会! なだらかな丘陵地が広がる富良野の丘の上にプリン工房があり、幾重もの板を重ねた外壁がミノムシのような小さな建物は、西洋の絵本から飛び出してきたかのよう。

カトキチさん(右)とアムちゃん(左)。プリンの仕事を始める前はカトキチさんはグラフィックデザイナー兼電子音楽のアーティスト、アムちゃんは料理店などで働いていた
聞けば、コンクリートの基礎しか残っていなかった場所に、大工だったカトキチさんのお父さんの手ほどきを受けながら、この場所にあった納屋を解体し、廃材などを集めて自分たちで建てたのだとか。なんで、北海道だったの?と尋ねたところ、「東京の人込みが苦手になってしまって。自然のなかで自分たちの力で家を建てるのが夢だったし、プリン屋さんをやるってことはもう決めていた。自然があって日本語が通じるところって考えたら、北海道がいいかなと。ひと夏、キャンプしながら道内をまわって、一番、しっくりきたのが富良野のこの地域だった」とアムちゃん。プリン工房とは別に、住居もセルフビルドしたというからすごい。

殻が入らないように、玉子はひとつずつおたまに割ってからボウルに入れる。プリンづくりは独学で、「私からプリンづくりを取ったら何も残らない(笑)」とアムちゃん
プリンの材料である純国産の玉子は、隣町の老節布(ろうせっぷ)で93歳のおじいさんがやっている小さな養鶏場から。牛乳も隣町の麓郷の牧場に、毎朝しぼりたての牛乳を取りに行く。てんさい糖やよつ葉乳業の生クリームも地元産だ。カトキチさんは「特別なことは何もしていないのに、北海道の食材に変わっただけで驚くほどプリンがおいしくなった」と話す。実際、彼らのプリンは、滑らかで、玉子感やクリームのコクがしっかりあるけどあっさりしていて、ビターなカラメルソースとの相性がばっちりで、どこか特別なおいしいものをいただいているっていう“ご馳走感”がある。成分無調整の牛乳の脂肪分が、焼いている途中で上がってくるそうで2層になっており、濃厚な部分とあっさりな部分のコントラストも贅沢。自分で作ってもこうはならないから不思議だ。

プリン液は、チャッチャッチャッとリズミカルに、これでもかというほど混ぜる。アムちゃんの魔法が込められているかのよう
プリンを作り始めたきっかけは、子供の頃に友達の家で出されたお母さんの手作りプリンがすごくおいしくて、大人になって仕事でお菓子を作るようになり、「あのプリンをたくさん食べたい!」と記憶をたどって再現したのだそう。
プリン作りを見学させてもらうと、シンプルな材料に加え、行程もミニマムですべて手作業。アムちゃんはリズムを刻みながらプリン液をホイッパーでしっかり混ぜ、カトキチさんはオーブンにプリンの器を入れた後、焼き加減を見ながら何度も天板の位置を変えたりと、一時も手を抜くことなく、「あうん」の呼吸できっちり仕事を進めていく。ふたりが作り出すプリンが特別においしい理由がこの呼吸にあるのかな、と妙に納得してしまった。

真剣な面持ちでプリン液を注ぐカトキチさん。作業中は真剣
実は昨年、「エゾアムプリン」のトレードマークだった素焼き風の陶器の器をアルミ製のものに変えた。原材料である鉱物の高騰で陶器を作り続けられなくなったのが理由だ。アムちゃんはさっぱりした感じで「かえって良かった」と話す。「陶器だと重量など1つ1つ個体差があった。焼き上がりにムラがでないようにするために重量を細かく量り、重量別に焼いて、焼いている途中も5分毎にチェックするなど、手間がすごかった。私は完ぺき主義だから、やればやるほど労働時間がどんどん長くなって、“なんだかつらいなぁ”と思い始めていたんだけど、器をアルミ製に変えた途端、すべてが解決したの。平和が戻ってきた(笑)」のだとか。また、今まではカラメルソースと一緒に焼いていたのだけど、ソースを別添えにすることでプレーンな優しい味わいも楽しめるように。「けがの功名じゃないけど、いいことづくし。アルミ製の器はずっと軽くなったから、老後もプリン作りを続けられるってイメージできるようになったんだよね」とカトキチさん。かわいいおじいちゃんとおばあちゃんが作るプリン。なんだか想像できる。

最初はプレーンで食べて、素材の味わいを楽しんだ後、てんさい糖で作られたカラメルをかけて
富良野の冬は氷点下30度にもなる豪雪地帯で知られる。さぞかしその時期は大変かと思いきや、ふたりは口を揃えて「雪は大好き! むしろ冬の方が好き」。なんと、アムちゃんは高台にある自宅からソリで出勤するそうで、それがめちゃくちゃ楽しい、と笑う。移住して18年。今では雪かきも雪下ろしも暖炉用の薪割りもお手のものだ。北国の生活を十二分に謳歌している大先輩を見て、“いつか私も雪かきマスターにならねば!”と勇気づけられたのだった。

「エゾアムプリン製造所」
住所:北海道富良野市平沢3893-4
営業時間:11:00~17:00(電話受付は10:30~17:00)
営業日:木曜日、金曜日、土曜日、日曜日
TEL:0167-27-2551
公式サイトはこちら
高山裕美子(たかやま・ゆみこ)
エディター、ライター。ファッション誌やカルチャー映画誌、インテリアや食の専門誌の編集者を経て、現在フリーランスに。国内外のローカルな食文化を探求することがライフワーク。2024年8月に、東京から北海道・十勝エリアに引っ越してきたばかり
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