国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第3回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

 訪れた時期はちょうどチベット仏教歴の早春の正月で、中国の春節よりもさらに長い休日期間の最中であった。春の気配も漂うヒマラヤの雪解け水と棚田。うららかな晴天に恵まれた好日が続き、最も「幸せな国」のムードがあふれる季節だ。

画像: 若い母親も多く見かけた。どこの国でも子どもは宝

若い母親も多く見かけた。どこの国でも子どもは宝

 ティンプーというブータン王国の首都は、首都だが都市ではない。まるでどこか、日本の谷筋にひっそりと佇む温泉街のような風情だった。街の目抜き通りに、決して多くはないが店舗が並び、中をのぞくと必ず国王の肖像写真が飾ってあった。中には国王の写真の隣にシルベスタースターロンのランボーのポスターが並べて貼ってあったりもした。当時の国王は第4代国王のジグミ・シンゲ・ワンチュク。来日されたときにはそのハンサムな風貌で日本女性の心を掴んだ。私もその精悍な容姿にグッときたひとりでもあった。しかし、お国が変われば風習も変わる。王様のお妃はなんと4人の姉妹全員ということだった。

 お店の人もお客さんも、ゲームセンターでゲームに興じる子どもも皆、民族衣装である。店の中にこじゃれたカフェもあり、そのカフェでブータン製のフルーツリキュールを飲んだ。市場では、オレンジなどが山積みにされている中で赤ちゃんがスヤスヤと眠っている。

画像: 温暖な地区でつくられている野菜や果物が並ぶ露店のマーケット

温暖な地区でつくられている野菜や果物が並ぶ露店のマーケット

 男性の民族衣装は「ゴ」と呼ばれ、膝丈くらいの広袖(袖口の下を縫い合わせない和装)のに腰帯。山国の男の足腰の強さがうかがえるふくらはぎにハイソックスで、革靴を履いている。女性は「キラ」と呼ばれる一枚布を筒状に体に巻き、帯を締めている。インドやネパールと国境を接してはいるが、顔だちは知人友人にもいるような、日に焼けた日本人の顔に似ていて親近感を覚えた。それも弥生人というより縄文人的な、あごのしっかりとした風貌だ。近年、DNAによる人類史の解明も進み、日本とブータンの血筋には何らか近親的な類似点が見い出されている聞いたが、それも改めてうなずける。

画像: チベット仏教の影響を受けた寺院。僧侶は男性のみ

チベット仏教の影響を受けた寺院。僧侶は男性のみ

 ゾンと呼ばれる仏教寺院の中にはつねにバターでできた灯火が捧げられ、臙脂色の袈裟に身を包んだ若い男性僧侶が祈りを捧げていた。家に招かれると、発酵茶にバターを入れ塩味の効いたバター茶がふるまわれた。バターは水牛やヤクの乳から作られていて、独特の匂いがある。最初はその味に戸惑ったが、お茶とバターの組み合わせは、高地に暮らす人々の大切なビタミン・ミネラル類の供給源なのだ。

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