国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第4回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

  オーロラ。この美しい響きの語源は、ローマ神話に登場する夜明けの女神だ。夜空に舞う不思議な光線に、暁の空に君臨する女神を重ねても不思議はない。一方、オーロラが知性の光、あるいは創造の光が到来するときのシンボルとされてきたのも、地球上のあらゆる生命の成長を促す太陽から発せられる電子プラズマがその正体、と知れば合点がゆく。

 オーロラをこの目で見たい。いつしかそんな欲求がふつふつと沸き上がり、旅の扉が開いた。空港でアラスカ行きのチエック・インをしていると、見知らぬ人から「どちらかに探検にでも行くのですか?」と声をかけられた。現地は摂氏マイナス50度という情報を得て、つい重装備になってしまった。夜が長い冬の季節はオーロラと遭遇できるチャンスが多く、日本からはフェアバンクスまでオーロラ鑑賞のための直行便も飛んでいる。

画像: 凍てつく大地にも人は暮らし続けている。冬が夜が長いぶん、春夏は日差しに満ちた明るい世界が続く

凍てつく大地にも人は暮らし続けている。冬が夜が長いぶん、春夏は日差しに満ちた明るい世界が続く

 しかし、世界広しといえど、厳寒のアラスカまでオーロラを求めて出かけてゆくのは日本人だけだという。自分も含め、なぜ私たち日本人はあの光に魅せられてしまうのだろう? 日本の八百万の神々にオーロラ神は存在しない。だが、自然現象を畏怖し敬う心情が荘厳なオーロラへと私たちを向かわせる、それはいわば“オーロラ参拝”なのかもしれない。

 フェアバンクスに到着すると、空港の建物内にはアラスカに棲む動物のはく製や、先住民の文化を思わせる装飾があって素朴な温かみがある。しかし、一歩外に出るとそこは凍てつく世界。空港で出迎えてくれた現地のスタッフから、「走ったり運動したりしないように」と警告をされる。凍った空気が一気に肺に入ると危険とのことだった。

画像: グリズリーの剥製に息を呑む、アラスカ州立博物館入り口。星野道夫氏の写真はじめ自然や先住民の文化が展示されていた

グリズリーの剥製に息を呑む、アラスカ州立博物館入り口。星野道夫氏の写真はじめ自然や先住民の文化が展示されていた

 オーロラ鑑賞は人工光が少なく空気が澄んでいることが条件なので、フェアバンクスから100km内陸のチェナまでバスで移動する。アメリカ合衆国ならではというべきか、何車線もある直線のフリーウエイで、路面が凍結していようと決してスピードを落とすことはない。街を抜け、やがて白い平原と森の世界へと景色は転じ、バスはさらに速度を上げた。文明世界に生きる人間のスピード感と、自然界のゆるやかな営みは決して一致することがない。悠久から変わらぬ森の中をおかまいなしに貫くハイウエイはその象徴のようにも思え、凍りついた窓ガラスをクレジットカードで擦りつつ、流れ去る景色を眺めていた。

 チェナには明るいうちに到着した。敷地内に氷でできたアイス・ホテルやオーロラを待つ小屋、天然温泉の露店風呂まであり、アラスカ開拓時代の面影を残すリゾートであった。私設滑走路にはセスナ機も停まっていた。アラスカでは小型飛行機は日常の足と聞いてはいたが、ここ数日の寒さに飛ぶことすらできないとのことだった。

画像: チェナ温泉リゾートに建つアイスホテル。バーカウンターやベッドなど、すべて氷でできた非日常空間

チェナ温泉リゾートに建つアイスホテル。バーカウンターやベッドなど、すべて氷でできた非日常空間

 ここよりさらに奥の森にも、動物たち同様、この地に根差す人々が凍った息を吐き暮らしている。アラスカの先住民たちもそうやって、数万年も長い冬の夜を過ごしてきたに違いない。オーロラは、先住民の民話にも登場する。しかし、決して美しきものの象徴ではなく、人の心を惑わす魔物として描かれている。慎ましやかに過ごす長い夜に突如、天空に舞う光のダンスは確かに非日常的で、畏れの対象であったのだろう。

 

This article is a sponsored article by
''.