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港の男たちも愛した
200年続く伝説のバー

The 200-Year-Old Bar Beloved by Book Editors and Longshoremen
ニューヨーク・グリニッジビレッジにある伝説的なバー「Ear Inn」。その歴史と移り変わりを辿る

BY REGGIE NADELSON, PHOTOGRAPHS BY NINA WESTERVELT, TRANSLATED BY IZUMI SAITO

 数十年にわたってニューヨークをニューヨークたらしめてきた、老舗のレストランや無名のバーから、作家のレジー・ナデルソンが訪れた名店を紹介する。

 日曜の夜、ハドソン川沿いのスプリングストリートにあるバー「Ear Inn」で専属バンドによるジャズの演奏が始まると、建物の全体が震え始める。2階の小さなアパートでは、古いオランダのジンの瓶や厚いガラスのシャンパンボトル、18世紀の薬用フラスコがガチャガチャと音を鳴り響かせる(2階はかつて最初のオーナーが住んでおり、今では現オーナーが時おり主催する集まりに使用される)。傾斜した床と危険な階段を持つこの建物の歴史は、1770年頃へと遡る。1817年からは、途切れることなくバーとして営業されてきた。初期の頃はハドソン川からわずか4フィートのところに建ち、入り口は水で囲まれていた。

画像: スプリングストリートに建つ「 Ear Inn」(2018年10月撮影)

スプリングストリートに建つ「 Ear Inn」(2018年10月撮影)

 いい音楽、気のいい人たち、上等な酒と食べ物――Earは、実に居心地のよい場所だ。客足は一日を通して途切れることがない。もちろん中には観光客もやってくる。私が2018年10月に訪れた時には、「ガイドブックには、ここはニューヨーク最後のニューヨークらしい場所って書いてあるのよ」と、ドイツ語アクセントで話す女性客がいたものだ。ランチタイムに現れるのは、角を曲がったところの「ペンギンブックス」で働くエディターたちだ。数人の地元民に混じって、UPS支社のお偉方も通りを渡ってやってくる。それから、天気の良い日に歩道にたむろする20代の若者や、近隣の真新しいコンドミニアムに住む、通称“カクテルグループ”も。

「今じゃここらは、犬の散歩やジョギングをするような奴ばかりさ」。1970年代以来、ビジネスパートナーのマーティン・シェリダンとEarを共同経営するリチャード・“リップ”・ヘイマンは言う。ちなみに“リップ”とは、アメリカ商船のリチャード・ペリー・ヘイマン船長を意味している。ヘイマンはかの有名なペリー提督の子孫なのだ。「夕方には、ボトックスの匂いもしてくるくらいだよ」ふざけた調子で彼は続ける。先日のファッションウィーク中には近所でショーがあり、「モデル達が店の前を通り過ぎて行ったんだ。まるでハイヒールを履いたクジャクが道に迷ったみたいだったね」と、シェリダンが陽気なアイリッシュアクセントで教えてくれた。

画像: Ear Innの専属ジャズバンドが演奏する、日曜日夜のレギュラーイベント「Ear Regulars」。これを目当てに大勢の客が集まる

Ear Innの専属ジャズバンドが演奏する、日曜日夜のレギュラーイベント「Ear Regulars」。これを目当てに大勢の客が集まる

 Earは居心地のよいアイリッシュ・パブに似ている。気さくなオーナー、音楽、詩の朗読会、そして十分過ぎるほどの量のビール。しかし、EarをEarたらしめているのは、ニューヨークがニューヨークになっていく刺激的な物語と街の歴史を共有している点だ。となれば、否応なく、そこには歴史の亡霊たちも棲んでいる。

 オランダ人より先にニューヨークにやって来た、ポルトガル人の船員。牡蠣と共にシャンパンを飲み、その古いボトルを残して去って行ったオランダ人。増え続ける交通、船、貨物や乗客で沿岸が爆発的に成長し、誰もが酒を探していた19世紀末にこの場所を取り回していた醸造家のトーマス・クック。そして20世紀半ばに港で働いていた労働者たちの、亡霊――
「僕らの時代でも、船に積まれたコーヒーや香辛料の匂いがここまでしてきたものさ」。ヘイマンとシェリダンがこの場所を購入した70年代、ここはまだ港で働く労働者の場所だった。荷降ろしの仕事からあぶれた男たちが朝の5時から正午まで飲んだくれていた(映画『波止場(On the Waterfront)』に出てくるシーンを思い出してほしい)。彼らがビリヤード台とジュークボックスを処分し、食と礼節のある新しいやり方にEarを変えた時、周りには動揺が巻き起こったという。

画像: 1973年当時の店 COURTESY OF THE EAR INN

1973年当時の店
COURTESY OF THE EAR INN

 

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