BY HISASHI KASHIWAI(p1), BY SHOKO NISHIMURA, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO, STYLED BY HITOMI NAGAMATSU(p1-p2)
「ことほぎ」という美しい日本語があります。「言祝ぎ」と書くように、言葉を使って祝うことをいうのですが、その「ことほぎ」の代表とも言えるのが、新年を迎えたときの「あけましておめでとう」です。
ただ言祝ぐだけでなく、「あけましておめでとう」にはもっと深い意味があります。それは「つなぐ」ということです。
年が明けたことを「ことほぐ」。そこに込められているのは、過ぎた年に対する感謝と、来たる年に対する期待、願いです。言い換えれば「あけましておめでとう」は、ご先祖さまから次の世代へ橋渡しをする「ことほぎ」なのです。年が明けるとまずはお墓参りをし、それから初詣に出向くのは、その象徴と言ってもいいでしょう。
「ことほぎ」は言葉で祝う、と言いながらも心で祝うのが本意です。それを示すのが言霊(ことだま)です。
言葉に宿る霊力を言霊と言いますが、お正月にはそれをあちこちで目の当たりにできます。
たとえば「松」。ふだんはただ樹木の一種としか見られていない「松」がお正月をはじめとして、慶事には格別の意味を持ちます。
禅語に「松寿千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)」という言葉があるように、松の木の翠色は千年もの長い歳月を重ねても、その色を変えません。「松」は長寿や繁栄を象徴する「ことほぎ」の言葉です。つまりお正月に欠かせない門松や松飾りは「ことほぎ」を目に見える「形」にしたものなのです。
こうして「言葉」から「形」へと「ことほぎ」はつながっていきます。未来の発展を意味する「末広がり」を形にした「扇」や、長寿の象徴とされる「鶴」や「亀」などがその好例です。
これらをそのまま飾ることもあれば、和菓子にしてその思いを託すことも少なくありません。形だけでなく菓銘にも「ことほぎ」を表すのが和菓子の醍醐味です。
新たな年を迎えた京都の家々では、若水で淹れた大福茶(おおぶくちゃ)を、家族揃って祝うことからお正月がはじまります。添えられた和菓子の意を子どもに説き、「ことほぎ」を代々伝えていきます。
お屠蘇、おせち、お雑煮と、家族揃っての「ことほぎ」は続きますが、それぞれに込められた「ことほぎ」の思いは祖から現在、そして未来へと途切れることなく言霊とともに、ていねいに紡がれていきます。
令和はじめてのお正月。「令」には「善」、「和」には「穏」の言霊が込められています。善きことが穏やかに続きますように。そんな祈りを捧げつつ、新たな年を「ことほぎ」たいものです。
ーー柏井 壽
八坂の塔を中景に京都の市街を一望する広大な庭に佇む料亭「山荘京大和」。明治10(1877)年創業、この秋、リニューアルオープンした。桂小五郎をはじめ幕末の志士たちが集ったという翠紅館も移築され、中の茶室「胡廬(ころ)庵」の扉も久しぶりに開かれることに。
茶室というと侘び寂びの風情を思うも、こちらは瓢簞型の大きな窓と障子がまず目を引く。灯りや欄間、襖の引手などにも瓢簞の意匠が施されている。長椅子と木のスツールが並ぶのは、この茶室が造られた大正7年の頃には珍しく、海外からのお客さまへの心遣いからではないか。長椅子の肘掛けもまた瓢簞の形、スツールも中の一脚だけ瓢簞型と、茶室のそこかしこに瓢簞を見つけられるのが愉しい。
瓢簞は昔から除災招福のお守りや魔除けとなる縁起物であり、数多くの種子が、蔓が伸びて実を結ぶことから、子孫繁栄のシンボルともされる。京大和では、この茶室を使って茶道を取り入れた茶婚式を行い、清新なしつらえで婚礼のお客を迎えている。「お祝いの日にふさわしいお茶室で、ご家族さまの絆を深めていただける和の婚礼です。一服のお濃茶を新郎新婦さまでわけあってお飲みいただくことで縁を結び、おふたりとご列席の方々、さらに先の世代の幸を願います」と女将の阪口順子さんは語る。
床の間には扇面に「福如梅」の字が書かれた掛物、菊花の香合。茶碗は黒楽、薄茶器は菊と桐の文様を描いた高台寺蒔絵と、華やかでおめでたい道具にも、祝福の意が込められている。菓子は、先代の女将が鶴屋吉信にて誂えた銘「袖かさね」。平安時代の貴族のきものの配色美である「襲色(かさね)目」に金箔をのせた菓子には、名にも形にも、袖を重ね合わせるふたりの仲が末永く睦まじくあることを願う意が込められている。料理は夫婦和合を願う鴛おし鴦どりの器や、宮中で祝いのときに使われてきた嶋台でもてなされる。そこには美しさや華やかさだけでなく、自然の中に安寧、豊穣、繁栄などの吉祥の象徴を見いだし、その形を、身の回りのしつらえや器に映し、祈りを宿す――。そんな、日本人の心根が感じとれる。
「山荘京大和」
住所:京都市東山区高台寺桝屋町359
TEL.075(525)1555
公式サイト
「京大和」と庭つながりに建つのがラグジュアリーゲストハウス「パークハイアット京都」だ。ホテル内のバー「琥珀」では、窓いっぱいに広がる古都の景色が楽しめる。甍いらかの波の連なる町に立つ京都タワーを灯台に見立てる向きもあるのだとか。ここだけで供される特別なクラフトジンがある。「青龍」と名付けられたジンは、京都の水と京都産のボタニカル素材を使用して造られている。青龍とは、古の人々が信じた京都の町の四方を守る四神のひとつで、このホテルが位置する東山の守護神である。目に見えないものへの畏敬の念と祈りが込められた名前は、この地に生まれ、時とともに香りも味も熟成していくジンにふさわしい。
「パークハイアット京都」
住所:京都市東山区高台寺桝屋町360
TEL.075(531)1234
公式サイト
自然や景色、目に映る身の回りのものに吉祥を見立て、そこに小さな願いを添える。古の人々のその心は、今も京都に暮らす人たちの日常に深く広く見ることができる。たとえば、豆皿。手のひらにのる口径6㎝ほどの皿ひとつにも、おめでたい印や善い兆しを象徴する松竹梅や鶴亀、宝尽くしなどの吉祥文、器の形そのものにも祝意が表現されている。お正月や慶事だけではなく、日々のテーブルにひとつあるだけでその場が福々しくなり、小さな器から清新な気持ちが呼び起こされる。
「正月は五節句のひとつで、祝い肴を持って集まり、五穀豊穣、子孫繁栄などを祈念する特別な節目。おせちはそのための祝いの行事食ですが、本来は神様にお供えするもの。料理人はそのことをきちんと理解すべきで、安易な発想やまねごとで作るものではないと思います」。そう語るのは京都で84年続く料理屋「木乃婦」の三代目主人、髙橋拓児さん。
京都らしいお雑煮をと所望し、供された朱塗りのお椀をあけると、蓋の内側は金蒔絵の貝尽くし。丸餅と細く切った金時にんじんの、シンプルな白味噌雑煮だ。白を背景に、すっと天に向かう紅一点の潔さ。着想の源は、長年、稽古を続けている金剛流の能の年初めの謡曲「内外詣」の筋書きにある。伊勢神宮に参宮した勅使の所望で、神官が獅子舞を舞う。やがて東天が白み、煌々たる朝日が輝きわたり、新春を祝福する――。その獅子舞の獅子の毛をにんじんで見立てたのだと、解き明かしてくれた。
おせちは一の重、二の重、三の重に祝い肴や珍味、焼き物、煮炊きしたものなどが盛り込まれるが、木乃婦では八寸にまとめ、おめでたい器に盛って供することも。鶴や蓬莱山といった吉祥を施した器を使うこともあるが、髙橋さんが選んだのは聖護院かぶらが描かれた皿。料理をいただくと「不老長寿」の文字が現れる。「かぶらは12月、1月と続けて採れる野菜。この年を超える、という点が大事なんです」
人間は大いなる自然に生かされているもの。そのなかで、無事に年を越えられたことに対する感謝の心がまず大切なのだと言う。「お正月のしつらえには、めでたさもですが、まず場を清め、あらたまる清新な趣や穢けがれのない清浄さが求められます。目に見えないものを鎮め、清めることが大事なんです。そこには自然への感謝、祈りの気持ちが込められています。お正月を迎える支度は、実はとても謙虚で、受け身なものと思います」
その想いは、しつらえにも反映される。壁には、潔白、清浄、純潔の意味をもつ白の椿一輪を活けた緑鮮やかな青竹。青竹の花入れは千家十職の職家、竹細工・茶杓師を務める14代・黒田正玄(しょうげん)さんの弟・宗傳(そうでん)さんの作品だ。髙橋さんと宗傳さんは同窓の仲。「今年は長雨の影響で、通常、正月の花入れに用いる均整のとれた青竹を採るのが難しいとか。でも、竹林に分け入り、この根付きが面白いのではないかと、掘り起こして持ってきてくれました。来年の干支の子』と『根』を重ね合わせ、根曳きの松ならぬ根曳きの竹。根付く、根が張るという意味にも捉えられます」
伝統的な素材、意匠や造形を用いることは大事だが、すべてを踏襲することが今の時代に合う“祝い”になるとは限らないと髙橋さんは考える。「古来の形や意味を取り入れつつ、それを今の暮らしに転じるしなやかな発想や感性が必要だと思います。気候変動、次々とふりかかる天災、私たちは今、大きな変化のただなかにあるんです。神様にも自然にも人間はかなうものではない。天災に際し、鎮魂の思いを持たざるを得ない。自然に人が順応し、自分を律して物事を変えていくこと、時代と未来を見据えて、今、私たちは何ができるかを考えることが大事です」
富士山の軸を掛け、松竹梅を生ける。その伝統も大切にしつつ、根付きの竹に花一輪で新春をことほぐ。ただ、新しい美は簡単には生まれず、その采配をとるのは難しいとも髙橋さんは言う。「幸いなことに京都には長い年月、絶やさずに培ってきた文化があり、それを形にできる職人がいます。彼らとやり取りし、ともに掘り下げていくなかで、この時代に合う新しい美をつくっていけると思っています」
「木乃婦(きのぶ)」
住所:京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町416
TEL.075(352)0001
公式サイト