遊び心に溢れ挑発的、探求心に富んでいて神秘的ーー。そんな作品を引っさげ、ダレン・ベイダーは混沌としたわれわれの時代を定義づけるアーティストになった。それはいったいなぜなのか

By Nikil Saval, Portrait by Domingo Milella, Translated by Miho Nagano

4.彫刻番号#9に関する提案
ベイダーは、この作品を実際に形にした最初の人物に正式な証明書を発行すると言った。巨大な袋に家を入れる作品で、これはのちにヘリコプターによって移動可能。これで「家を出ることなく旅行ができる」。私たちは、この提案を記事にするだけにとどめた。

画像: ‘‘PROPOSAL FOR SCULPTURE #9,” BY DARREN BADER / COURTESY OF THE ARTIST AND ANDREW KREPS GALLERY, NEW YORK” ほかの写真をみる

‘‘PROPOSAL FOR SCULPTURE #9,” BY DARREN BADER / COURTESY OF THE ARTIST AND ANDREW KREPS GALLERY, NEW YORK”
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『James Earl Scones』の中で彼が提案した展示企画は、きわどく、時に大人げないものだった。それがいつしか、実現可能なプロジェクトに向け、より真剣に取り組むようになっていった。「どうやってこの抽象的な概念を形にするのか?」。ベイダーが私にそう語ったときのように、彼のメソッドを言葉で説明するというやり方で。

 ベイダーは時折デュシャンと比較されてきた。ベイダーもある意味、レディメイドの価値を最大限に引き出しているように見えるのだが、彼はそう比べられることをきっぱりと否定する。
 その日の早い時間に、私たちはマリーナ広場の庭で巨大なイチジクの木の根っこをよじ登っていたのだが、そのとき、彼は比較されることを拒む理由をこう語った。

 デュシャンは美に感心がなかったように見えるから、と。
 それは不思議なまでに正直な発言だった。言い換えれば、常識を容赦なく打ち壊すベイダーの口から出てくる発言とは思えなかった。伯母のSUV車を美術館の前に駐めてしまうような男が美にこだわる? いや、それが彼流の疑問を投げかけるやり方なのだ。「宗教が時代遅れになった社会で、いかに宗教的な作品を作るか。たとえどんなにバカげていて、大げさに思われようと」。彼はそう問いかけ、「でも」とつけ足した。「精神性を追求しないとしたら、いったいどこがアートなんだ?」

 

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