食品を素材に「食」を問う
現代のアーティストたち

These Artists Are Creating Work That’s About, and Made From, Food
過去何世紀にもわたり、食品はアートの材料であり主題でもあった。人間にとって欠かせない食べ物という素材と向き合っている、現代のアーティストたちに迫った

BY LIGAYA MISHAN, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

 来場者に食べさせるというのは、気前のよい行為だともいえる。1990年代初頭、アルゼンチン生まれのタイ人アーティスト、リクリット・ティラヴァーニャは、ギャラリーをキッチンに改装してパッタイやカレーを作り、訪れた客に無料で提供した。そのカレー(と材料費)は、ニューヨーク州キャッツキル山地にある、彼とギャラリストのギャビン・ブラウンが所有する季節限定レストラン「アンクルブラザー」が提供した。こういったやりとりでは、観客は作品を見る側であると同時に見られる側ともなる。この関係性は、アーティストが着席型の食事を提供する際に、おそらく最も色濃くなる。ディナーパーティとアートパフォーマンスの境界が曖昧になるからだ。

1971年には、ニューヨークのアーティスト、ゴードン・マッタ=クラーク、キャロル・グッデン、ティナ・ジルアールの3人が、ソーホーに「フード」をオープンした。このレストラン兼インスタレーションともいうべき施設では、ドナルド・ジャッドやロバート・ラウシェンバーグといった著名人がゲストシェフとして調理台に立ったと伝えられている。とある晩のメニューはもっぱら骨にフォーカスしたもので、ディナー後に残った骨をよく洗って糸を通してつなぎ、ディナー客が身につけられるようにしたそうだ。同じ頃、ルーマニア生まれのスイス人アーティスト、ダニエル・スペーリは、デュッセルドルフでレストランを運営していた。そこではときおり、夜が更けると、食べかけのディナーをそのまま作品にすることがあった。スペーリが≪タブロー・ピエージェ(罠にかかった絵)≫と呼ぶこういった作品は、テーブルの上に置かれたすべてのもの(汚れた皿や飲みかけのグラスなど)を、壁に貼りつけて作られている。彼のアイディア―「水平のものを垂直にする」―は、現在、世界中のインスタグラマーの共通言語になっている、食べ物を真上から撮る写真を予言していた。

 ディナーそのものではなく、パーティが作品を左右するという現代アーティストもいる。2015年、29歳のアメリカ人アーティスト、ジェン・モンローは、ブルックリンにて、ひとつの色で統一した食事を提供し始めた。彼女がインスピレーションを得たのは、フランス人作家ジョリス=カルル・ユイスマンスが1884年に発表した放蕩小説『さかしま』に出てくる黒一色の宴だ。また、イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの1932年の 『The Futurist Cookbook(未来派の料理本)』からもインスピレーションを得ており、この本には紙やすりをかけながら、またはカーネーションの香水を吹きかけられながらディナーを食べるよう指示するレシピなどが掲載されている(フランスのアーティスト、ソフィ・カルが1997年に同様の単色の食事のシリーズを発表しているが、これはアーティストが単独で行ったもので、公開されたのは写真のみだった)。おいしいけれど不安な気持ちにもなる食べ物で、レストランの常識をくつがえそうとするモンローが提供するのは、ポップなピンク色をした塩辛いエビのムース、ビートで赤く色づけしたデビルドエッグ、ピルケースに盛りつけられた派手な黄色のスシ、かじった跡のついたイチゴ(衛生基準を満たすため、ビニールラップの上からかじっている)などだ。

画像: ライラ・ゴハーの≪Hanging Fruit Leather≫(2017年) COURTESY OF LAILA GOHAR. PHOTO:IRIS HUMM.

ライラ・ゴハーの≪Hanging Fruit Leather≫(2017年)
COURTESY OF LAILA GOHAR. PHOTO:IRIS HUMM.

 ニューヨークを拠点に活動するコンセプチュアリスト、ライラ・ゴハーの作品は、そこまで挑戦的ではないものの、やはり不安な気持ちにさせるものだ。彼女は現在30歳。最初は友人たちに家庭料理をふるまうだけだったが、2013年、それまで一度もなりたいと思ったことのない職業だったにもかかわらず(彼女はそれまでジャーナリストとして働いていたのだ)、突如としてケータリングの仕事に需要があることに気づいた。時を経た今では、彼女の作る食べ物はアバンギャルドな方向へと向かっている。彼女の作品を見に来た客は、高さ6フィート(約1.8メートル)のマシュマロの山をむしって食べたり、上品な白い鉢の中に生えたキノコを引き抜いたり、タオル掛けに吊るされた、透けるシート状のフルーツレザー(ピューレ状にした果物を薄く広げ、乾燥させたもの)をハサミで切り取って食べたりするよう求められる。

彼女のインスタレーションは、リサーチに何ヶ月もかけ、ゲストによって数時間で破壊されることになるのだが、その儚さに彼女は満足している。アーティストが「形に残したがる」ことに、彼女は懐疑的なのだ。一方、ティファニー、資生堂、そして インスタグラム社といった企業のために作品を作る場合は、彼女はなるべく、双方向的な食の体験をたくさん用意するようにしている。そしてその体験は、深く考えさせるというよりも、その“瞬間”を楽しむためにつくられたものであることが望ましい。彼女の作るものはすべて、味わって食べてもらうためのものだ。単に写真映えだけを狙っているのではない。「食べ物を無駄づかいしないということが、私にとっては重要なのです」と彼女は言う。

 

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