「パピーズ・パピーズ」の名で知られたアーティスト、ジェイド・クリキ=オリヴォ。創作活動を始めた頃、謎めいたベールに包まれ、また孤独だったという彼女は、コミュニティの仲間に支えられながら、ようやくありのままの自分に出会えた

BY JAMESON FITZPATRICK, PORTRAIT BY MELODY MELAMED, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 彼女が初めてコスチュームを着てパフォーマンスをしたのは、高校時代のことだ。学校のマスコットであるライオンの着ぐるみをまとうことで、体育の競技に必要な役割を果たしながら、競技自体には参加せずにすんだという。こうして彼女はコスチュームを着て踊りながら感じた自由にすっかり魅了された。人に見られながらも姿を隠せること、コスチュームというフィルターを通すことで見られても耐えうる状態になることは、彼女にとって自由を意味したのだ(この午後に彼女と話したあと、私は米国の詩人エミリー・ディキンソンの「真実をすべて告げよ、だがそれを斜めから告げよ」という忠告についてあれこれ考えを巡らせた)。

 クリキ=オリヴォはこんなふうに、既製品や既存のキャラクターと、それらの日常的な機能とを引き離すことによって、自己を表現するボキャブラリーを生み出してきた。そのボキャブラリーは、普遍的なもの(一般的な日用品としてのピュレルのディスペンサー)と固有のもの(家族ゆかりのオブジェや、彼女が入院中によく目にしていたオブジェとして特別な意味をもつピュレルのディスペンサーなど)の区別がつけがたい、現代生活にあふれる、取るに足らないものから生まれたものとも考えられる。こうして見ると彼女は確かに、ありふれたものの中に深い人間らしさを見つけたゴンザレス=トレスのようなアーティストの系譜として位置づけられる。だが同時に彼女は、ひとつのものだけにフォーカスすることを避けて、トレス的な概念をあえてぼやかしているようにも見える。クリキ=オリヴォが表現したいのは、もっと入り組んで混沌とした多様性なのだ。それは彼女が“究極のレディ・メイド”とみなしている、人生そのものの複雑さを象徴しているのかもしれない。

画像: 「パピーズ・パピーズ」の名で知られたジェイド・クリキ=オリヴォ。2021年1月12日、ニューヨークのブルックリン・ネイビー・ヤードにて撮影 SET DESIGN: TODD KNOPKE. MAKEUP: KAORI CHLOE SODA USING MAC COSMETICS. PHOTO ASSISTANTS: XIANG-YUN CHEN, JAMES REDDINGTON. LOCATION: TEN TON STUDIO

「パピーズ・パピーズ」の名で知られたジェイド・クリキ=オリヴォ。2021年1月12日、ニューヨークのブルックリン・ネイビー・ヤードにて撮影
SET DESIGN: TODD KNOPKE. MAKEUP: KAORI CHLOE SODA USING MAC COSMETICS. PHOTO ASSISTANTS: XIANG-YUN CHEN, JAMES REDDINGTON. LOCATION: TEN TON STUDIO

 インタビューの前日、クラウンハイツのコミュニティスペース「サロン・オン・ケンジントン」で、ダンサー兼女優の友人イマン・ル・ケールと、シンガーでマルチ楽器奏者のテサン・ポリアンナのショーケース(註:新人の紹介や新アルバムの披露を目的としたライブ)を見たという彼女は、いまだ興奮が冷めやらぬ様子だった。彼らは出番のあとも、断続的に夜通し演奏したようだが、こうしたパフォーマンスとクリキ=オリヴォのアートへのアプローチには共通点がある。「生活にアートが溶け込んでいるという考えはずっと気に入っていて。あらゆる要素が完全に溶け合ったとき、境界線はおぼろげになってきますよね。その曖昧さを、私は懸命に求めているんです」

 話し始めて数分後、クリキ=オリヴォは突然声を詰まらせた。涙をこらえきれなくなったのだ。「ずっと自分は変人だと思っていたんです。テサンやレンのような、トランスジェンダーの集まるコミュニティを見つけて、ようやく自分も普通の人なんだと感じられるようになりましたが。子どものときって、世界がなんだかよくわからない、得体のしれない複雑なものに見えますよね。そしてあるときふと“この世で自分とはいったい何者なのだろう”と自問する。私はこの問いに対する、真の答えなんて見つからないだろうと思い込んでいました。自分なんて無価値で、存在すらしていない気がしていたので。でも今は自分が存在しているという実感があります。ちょっと陳腐な言い方になるけれど、自分が存在していると感じられること、そして自分らしくいられることは、天からの素晴らしい賜物だと思うのです」。クリキ=オリヴォは話をする間、鏡(天井に届きそうなほど背が高く、LEDライトで縁取られている)に背を向け、ずっと私のほうを見ていた。「泣いたのが、メイクが終わる前でよかったわ」と彼女はつぶやいた。

 クリキ=オリヴォは、1989年に保健医である日本人の母とプエルトリコ人の父との間に生まれた。ふたりはダラスの大学に通っていた時期に出会ったそうだ。彼女が育ったのは、人種差別とホモフォビア(同性愛嫌悪)がはびこっていたダラスの郊外で「ミックス・ルーツでクロゼットに閉じこもっていた(註:自身のセクシュアリティを公表していない状態)トランスウーマン」にとっては苛酷な環境だった。この地は今も彼女にとって、トラウマの代名詞のままである。「テキサスの人は、話し声を聞いただけで私のほうをじろっと見ますから」。そう語る彼女は、小さい頃からできるだけ黙っていたという。

 彼女が父親から受けた影響は大きい。この日首から下げていたのは、父親が作ったというウサギの毛皮のポーチだ(父親はテキサス州公認のマスター・ナチュラリスト〔註:自然や環境保護について学びボランティア活動を行う人〕だった)。蛍光色、なかでもグリーントーンが好きなのも父親譲りらしい。部屋の中の半透明のカーテンも、簡易ベッドを覆ったシーツとブランケットも、たくさんの丸いクッションでつくった二人掛けソファも、スニーカーも、彼女のウェーブがかったグリーンのロングヘアと見事に調和している(マリファナの強い残り香も、部屋全体のグリーンなムードを引き立てていた)。クリキ=オリヴォがコーヒーを淹れに席をはずしたとき、私は突然、室内を彩る緑色が、万華鏡のように多種多様であることに気づいた。蛍光グリーンだけでなく、シャルトリューズ(明るい黄緑色)、シダの葉のようなグリーンイエロー、ミントグリーン、さらにヒスイ色まである。ライムグリーンのマグカップを手にした彼女が戻ってきたとき、私はこの色が何を意味するのか尋ねた。「グリーンはとても普遍的な、この世で最も多く見られる色のひとつ。青と黄色から成る、とても曖昧な色です。自分自身にいろいろな要素が混じっているので、対象が何であれ、複数の要素をミックスすることが私の習慣になっているんでしょう」

 クリキ=オリヴォの父親はタイノ人がルーツだ。現在のプエルトリコとカリブ海域に先住していた民族である。15世紀にヨーロッパ人がこの地にたどり着き、植民地化とともにタイノ人の人口は激減し、絶えたとみなされてきたが、過去数十年の間、カリブ海域と世界各地の活動家が、失われたアイデンティティを取り戻すために奔走してきた。最近の調査によると、きわめて多数のプエルトリコ人がタイノ人の祖先をもつことが判明している。さらに意義深いことに何世代にもわたって民族の伝統が継承されてきており、タイノ人が存続するという活動家の主張の正しさを裏づけている。クリキ=オリヴォはこんなふうに考えている。「きっと私は、家族から受け継いだものを通して、過去は消えないということを確認しているんでしょうね。タイノ人の文化も、大量虐殺によって消失したと言われてきましたが、じつはそうではなく不幸な歴史を乗り越えて命脈を保ってきたんです」。さらに性別移行後、彼女は「先祖から継承した文化」に特別な意味を見いだした。多くの先住民の間には、ジェンダーフルイドを受け入れる伝統があったそうなのだ。「“あぁよかった、私は先祖たちに受け入れられている!”って思いました。私の心と魂の奥深くには先祖が存在しているんだと。トランスジェンダーの先祖も私と同じ経験をしていたと知って、堂々と前に向かって進めるようになったんです」

 2019年、クリキ=オリヴォは初めて「パピーズ・パピーズ」のアーティスト名の横に本名をフルネームで添えた。この年に彼女は活動拠点をニューヨークに移し、5カ国で5つの展覧会を開催した。フォレストとは2018年に別れ、協働関係も打ちきったが、その後も彼女はコラボレーションをメインに創作活動を続けてきた。まずチューリッヒのフランチェスカ・ピア・ギャラリーでは、画家のエリザ・ダグラスとともにパフォーマンスを行なった。終末論者たちが恐れる(ゾンビ)ウイルスの蔓延がテーマの、不気味なほど予兆的なショーだ。展示室の壁に飾ったのは、パピーズの過去のさまざまなライブパフォーマンスを描写した絵。その中央ではゾンビに扮したダグラスが、大型モニターに映ったテレビドラマ『ウォーキング・デッド』の複数のエピソードをずっと眺めている。そばの部屋には蓋の開いた棺があり、内側を覆っているピンクのサテン地の上に、屍に扮したクリキ=オリヴォが横たわっている。さらに展示室のひとつの壁面には複数のメタルラックを並べ、大量のトイレットペーパーや水、食料などを配置した。この一連のラックは《Survival Preparations(サバイバルの準備)》と称する作品で、ショーの少し前に他界した父親を偲んで制作したものだという。またドイツ・リューネブルクのハレ・フュア・クンストにおける『Plague(疫病)』展(これも薄気味悪いほど予見的だ)のオープニングでは、2002年にコンセプチュアル・アーティストのトリシャ・ドネリーが行なったパフォーマンスを再演した。ナポレオンの伝令に扮して馬に乗り、皇帝の降伏を伝えるという内容である。2018年の『Una Mujer Fantástica(ファンタスティック・ウーマン)』展では、友人でアーティストのシエロ・オスクロがホルモン補充療法を始めた日に撮った2枚のポートレートを披露し、オスクロの性別移行を支援するGoFundMeへのリンクを添えた(ポートレートの販売収益は基金に寄付した)。

 クリキ=オリヴォは先述の『アートスペース』のインタビューで、「パピーズの作品では、オブジェは機能しなければならない。でなければただの小道具になってしまう」と語っている。こうして彼女はデュシャン(註:オブジェから機能を剝奪した)との差異を明らかにしたが、違いはもうひとつある。クリキ=オリヴォは、自分が手にしたチャンスを他人のために役立てたいと願っているのだ。

その意図がはっきりと表れていたのが、カナダ・サスカトゥーン市のリマイ・モダン美術館で昨年、催された『ボディ・フルイド(ブラッド)』展だ(彼女にとって北米の文化施設における初の個展である)。作品の着想源となったのは、珍しい血液型をしていたクリキ=オリヴォの両親が、彼女の幼少期に頻繁にしていたという献血の記憶。そして、エイズ危機が勃発した1980年代以降、カナダやアメリカなど多くの国で維持されてきた、ジェンダーや性的指向によって献血の制限をするホモフォビア的な政策だという(註:アメリカでは輸血によるHIV感染を防ぐため、1年以内に男性同士で性交渉をした同性愛者の献血を禁止する規定が設けられていた。現在は3カ月に緩和)。美術館1階のギャラリースペース内に設けた個室では、特定の日に無料のHIV迅速検査が実施され、検査の前後にアドバイスを行うピアサポーターが配された。個室の外側にはガラス張りの冷蔵庫があり、中には献血資格をもたないクリキ=オリヴォの血が入った点滴袋が置かれた。それを囲むように、床一面に転がっていたのがストレスボールだ。血管の位置がわかりやすくなるように献血者が握る真っ赤なボールで、マンガの中で見るような水滴の形をしている。さらに、毎週土曜日になると美術館からカナダ血液サービスが運営する献血センターまで、シャトルバスが運行された。

 この展覧会は彼女自身にとっても、この地域にとっても特別な意味を帯びていた。サスカチュワン州はカナダにおいてHIV新規感染の割合が最も高く(国内平均値の2倍以上)、感染者のなかでは先住民が非常に大きな比重を占めている。「ある場所に行って作品を披露したらすぐに立ち去るんじゃなく、その土地ときちんと向き合った作品をつくりたいんです」とクリキ=オリヴォは言いきる。ロサンゼルスを拠点にトランスジェンダー・コミュニティへのサポートや支援を行なっている非営利団体「TransLatin@Coalition」で働いたことがあるという彼女は、その経験を生かすために「ソーシャルワークとして実践したことと、アートとして表現したいものをどう融合すべきか」を真剣に考えたという。

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