BY TAMAKI SUGIHARA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA, EDITED BY MICHINO OGURA
最近、青森の展覧会に向けて「苦手」だという自身の活動の振り返りをしている。その中で、「自分でも何だかよくわからないけれど、むちゃくちゃにやっていた」と話すこの震災後の活動が、今につながる大事な過程だったと感じるようになった。
「この時期には、東北で多くの方たちとも出会いました。今回、作品を預けるのもそうした人たちです。みなさん震災後の私の活動について、『よくわからなかったけれど、この人は何かをやろうとしているんだと思ってつき合っていた』と話してくれます。私は巡る季節の自然の中でそうして出会った人たちに助けてもらいながら、いろんなことにぶつかりつつも、そのエネルギーを仕事に変えていったんだと思います」
アーティストとしての危機の時期に、手を差し伸べてくれた人間や、動植物を含む厳しい自然からもらった生きるための力。それを、東北の地を巡りながらあらためて考え、手探りするための道筋─。「メディシン・インフラ」、鴻池の表現する「薬の道」には、そんなイメージも重ねられている。
「生産性には直結しないかもしれないけれど、手で何かを求めて遊べるということは、人間が生きること、『アート』とすごく近いのではと思う」
ずっと感じている空腹感。暗中模索の時代は、つい近年まで続いていたという。しかし近頃、「変化が見えてきた」。きっかけは、今年の元日に発生した能登半島地震に端を発するいくつかの出来事だった。
鴻池は昨年、ある建築家の展覧会でウクライナやバルカン半島の古い戦争の詩を目にし、そこから「詩」を言葉ではなく手触りあるものにしたいと駆られて、ベッドカバーとして制作していた。そんな折、能登半島地震が発生。建築家と相談し、急遽そのベッドカバーの案を仮設住宅のカーテンに転用して90世帯分を制作することを引き受けた。「遠くで生きる人」を思って制作した布がたどったこの道筋は、鴻池に「作品」が生活の中で広がり揉まれていくような感覚を与えた。
一方、能登の珠洲(すず)市には、先述の「物語るテーブルランナー」で協働していた手芸チームの女性たちがいた。震災後、彼女たちは心配する鴻池に対し、「避難所まで針や糸を持ってきた。何かを作りたいから、下図はないですか?」と尋ねてきた。これを受けて鴻池は避難所を訪問。カーテンも一緒に作ることにした。
「手でものを作ることは、活力になるんだと思いました。現代の人は概念でものを考えがちだけど、針と糸ですくっては刺してを繰り返し、小さくとも自分の手で作っているという実感は、ごはんを食べるのと同じくらい重要なんだと。そして、生産性には直結しないかもしれないけれど、そうして手で何かを求めて遊べるということは、人間が生きること、『アート』とすごく近いのではと思うんです」
手とモノの間に起こる、摩擦、質感、温度。情報から先回りする思考ではなく、実際に伸ばしてみたその指先の感触から世界を「みる」こと。現代における、そうした体験の不足と、そこに生じる息苦しさへの問い。鴻池は、アーティストとしての自身の役割をここに置く。
「たとえば、動物の子どもが甘嚙(が)みをする。これも、ごっこ遊びです。本気で嚙んだら食べてしまうけれど、嚙むところまではいき、そのギリギリの境界を楽しむ。そうしたことが人を面白くさせて元気にするんです。だけど今は、多くのものに安全というフィルターがかかり、あらゆることが言語という二次情報として入ってきて、自分の皮膚を晒して感じることができない。こうした時代に私ができるのは、『あとはあなたの身体しかないですよ』というギリギリのところまで背中を押してあげること。『皮膚を晒すしかない』ところまで持っていくのが私の役目です」
青森の展示会場では、こうした考え方も踏まえ、車椅子やベッドなどを通して鑑賞者の身体のあり方を具体的に変える仕掛けも導入する。さらに、異なる領域の研究者たちにも声をかけて、彼らが鴻池の作品を使って、全く新しい研究や作品を発表する部屋も登場するという。
「身体のあり方が変われば、見えるものも違ってくる。誰かができないことがあったら、お互いにできることを持ち寄る。みんなの身体には、そんな基本的な生活力やせっぱ詰まった状況の中で思考し生きる力があることをまずはちゃんと意識しないと、本当に生き延びていけない気がしています。そしてそれは、本来何だかわからない場所である美術館だからできること。いま美術館は、見ることに偏った安全な場所になっていますが、それを何だかわからないものにちゃんと戻したいと考えています」
鴻池が長い道草の先に見いだした、新しい世界。そこに向かって背中を押されたとき、人は何を感じるのか? いま問われているのは、一人ひとりの身体なのだ。
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