BY JUNKO ASAKA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, HAIR & MAKEUP BY YOSHIYUKI TAKAHASHI, SACHIKO HAYASHI(SHISEIDO)
鋭い漆黒の描線が幾重にも重なり、合間に赤や黄色、緑のビビッドな色が閃く。浮かび上がるのは、切り絵というカテゴリを超越した、肉感と躍動感あふれる”いのち”の姿だ。切り絵アーティスト、福井利佐さん。彼女はその独自の作風で注目を浴び、国内外での個展のみならず、多彩なアートワークで広告や映像など活動の場を広げている。
多摩美術大学ではグラフィックデザイン学科に所属していた福井さんは、「自分がアーティストになるとはまったく思っていなかった」という。「美術大学に入ると、まわりはみんな絵がうまいのはあたりまえ、個性的なのがあたりまえ。ましてや当時は公募展ブームで、あちこちの公募展で受賞しているような優秀な方がたくさんいたので、自分は美術館の学芸員になろうと考えていました」
「自分には勝負できるものがない」と感じていた在学中、たまたま中学時代にクラブ活動でやったことのあった“切り絵”を制作にとり入れてみた。「『なぜいま切り絵?』と周囲には言われましたけど、私自身は切り絵ってかっこいいと思っていたんです。まわりに切り絵をやっている人はいなかったし、むしろ誰もやっていないのがいい、と思って課題を切り絵で提出してみたら、これが面白くて。作りたいものがどんどん湧いてきました」。自分らしい表現とはなにか、手探りで模索していた福井さんが、ぴたりと合う相棒を見つけた瞬間だった。
今の福井さんのシンボルともいえる、複雑にして精緻な描線を生かした切り絵が生まれたのは、大学の卒業制作のときだったという。「切り絵って、どこか郷愁を誘うというか童話的なイメージがあると思うんですが、私の中でも、誰かの切り絵、見たことのある“切り絵らしい切り絵”をずっと踏襲しているような部分があって……。でも、今、自分が生きている時代のリアルな切り絵を創りたい、今生きている人を表現したい――そう考えて、卒業制作で12点、いろんな人の顔を“切った”んです」
それまでの、ラインを省略した直線的な“切り絵らしい切り絵”から、あえて描線を整理せず、デッサンを描くように制作した12点。それが今の福井さんの原点となった。作品のタイトルは『個人的識別』。顔のシワがその人の職業や生きてきた環境を映し出すように、福井さんの描く線によって、ひとりひとりのいきいきとした表情、人生がそこに切り出されている。そしてこの作品によって、福井さんは自らの人生をも切り拓いたといえる。
桐野夏生の小説『ポリティコン』の装丁や、NHK-BSの番組『猫のしっぽカエルの手』のオープニング映像などで、彼女の作品を目にしたことのある人も多いだろう。今、福井さんの切り絵は二次元を抜け出し、本の装丁やスニーカーのデザイン、映像といった世界にまで広がっている。
「たまたま私の表現は切り絵ですが、その表現が当てはまるものであればなんでもいいと思っています。むしろ、切り絵という単語でくくられるよりは、ひとつのアート作品と思っていただけたらいいなと。いろんな絵と一緒に並べたときに、面白いか、作品として惹きつけられるものがあるかどうか。近づいてみたら『ああ、これ紙を切ってるんだ』ぐらいがいいですね」。おっとりと耳に心地いい声で、相手の目を見て話す。しかし、その創作と切り絵という題材について語る目には、強く真摯な光が宿る。