2016年10月1日、エストニアに待望の国立博物館が開館した。パリを拠点に活躍する建築家、田根剛(DGT.)が、10年をかけて完成させた建築とその想いを旅する

BY YUKA OKADA, PHOTOGRAPHS BY TAKUJI SHIMMURA

公共空間に属し、光と風景を存分に愛でるレストラン。
楕円形のペンダントライトが雪を連想させる

「誰に言われたわけでもないのに滑走路を使ってみるとか、前提条件をとらえ直して拡大解釈や再構築することで、そこにしかない建築が生まれてくる。そのために膨大なリサーチが必要だということです。自分は建築において形やデザインはあまり重要ではないとも思っていて、単に見てかっこいいではなくて、もっと深いところで感動を得たい。そのひとつの答えとして、多くの時代を積み重ねてきた場所に根源的に残ってきたものにたどり着きたい。建物の寿命がどんどん短くなるなかで、掘り起こした“場所の記憶”を後世につなげる装置となることが、これからの建築のあり方じゃないかと思います」
 最近、ある企画で田根と語り合った世界的アーティストの杉本博司も、エストニアのミュージアムを「ストーリー性があって文学的な建築」と評したうえで、「20世紀が目指した近代建築は行く場を失ってしまった。世界のどこでも同じスタイルを貫くスター建築家の時代は終わった。21世紀の建築は考古学を合体させ、過去を発掘し取り戻すことで、むしろ新しいものになる」という表現で肯定している。

レストランが位置するのは、真冬は天然のスケートリンクになる湖の上。
建物を覆うすべてのガラスパネルに印刷されたエストニア伝統のシンボルのコラージュが、
中に佇む者をもやさしく包み込む

「MEMORY FIELD」―ミュージアムのプロジェクト名、「場所の記憶」は、10年を経た今、日本各地を含め世界中で20件以上のプロジェクトを抱える田根のすべての建築において、揺るぎないテーマになっている。
 屋根の線と床の線。その間に空間として出現したミュージアムは地下1階地上2階、延床面積は実に34,000平方メートル。1階には長さ150mの常設展示室が配置され、氷河期に始まり、伝統の農具や木のカップ、北欧やドイツなどの大国に占領される時代が長かった歴史を物語る戦争関連のもの、エストニアが誇るIT企業Skypeの創業者の椅子まで、民族や国の歩みを伝える収蔵品が並ぶ。さらに2017年2月から民族衣装100体を集めた展覧会が行われる企画展示室、荷物などを置く棚の扉一枚ごとにエストニアの歴史がイラストで描かれたワークショップスペース、地下にはエストニア民族の起源であるフィン・ウゴル語族の風習や容姿などをひもといたもうひとつの常設展示室、ステージ後方のスクリーンを開けるとガラス越しに散歩道を眺めるシアター、転じて2階には博物館職員のオフィス―。本人いわく「建築は忍耐」。着工まで8年、リーマンショックやEUの経済危機でプロジェクトは二度も休止の憂き目に。予算も削られるなか、4年間はかかりきりで取り組んだ図面の数は1,400枚以上に及んだ。

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