2016年10月1日、エストニアに待望の国立博物館が開館した。パリを拠点に活躍する建築家、田根剛(DGT.)が、10年をかけて完成させた建築とその想いを旅する

BY YUKA OKADA, PHOTOGRAPHS BY TAKUJI SHIMMURA

奥行き42m、幅72m、高さ14mの大庇の下に立つと、滑走路という前提から導き出されたエントランスの
壮大なスケールに改めて圧倒される。ここは屋外イベントスペースとしても使用され、
演劇や音楽や映像といった生きたコレクションも積極的に発表したいとする
ミュージアムのあり方を体現する場にも

 ところで田根は2012年、今年急逝したザハ・ハディッド案が採用された初回の新国立競技場の国際コンペでファイナリスト11組にも選ばれている。掲げたのは「古墳スタジアム」。再び膨大なリサーチの最中、田根は敷地である神宮外苑内に、滑走路ならぬ明治神宮の森を見つけた。100年前に民の手で造られ、東京を代表する緑地帯となった明治神宮の「場所の記憶」。これを受け継ぎ、古代最大の建造物としての古墳というモチーフを持ち込むことで、現代最大の祭典の場としてのオリンピック建築を造れないか。芝の丘陵という憩いの屋根をもった競技場は、いまだ灰色のコンクリートジャングルを増幅させる東京の大きな変換点を示してもいた。

田根が「時の回廊」と名付けたエストニアの民族と国の歴史を伝える常設展示室は、長さ150m。
カフェやブラックボックス (多目的スペース)などがある奥に向かって、
11mあった天井が徐々に下がっていき、最後3.5mの低さになった
もうひとつのエントランスのドアを出ると、ついに滑走路に出合う。
なお、写真は収蔵品が入る開館前、最終の設営段階に撮影されたもの

「あえて言いきりますが、日本ほど建築を大事にしない文化の国はない。高度経済成長が終わってもシフトチェンジをせずバブルに突入して、崩壊後も建設業を潤すために壊しては造ることを繰り返し、予算や効率や採算という経済的な指標でしか建築の善し悪しを判断できない。地震はくるかもしれません。でも“壊れたらあぶない”という不安を煽あおってもともとの土地や文化を失っていくほうが罪だと思います」
 対してエストニア・ナショナル・ミュージアムはネガティブな場所の記憶を抹消せず、アイデアと建築の力で、未来につないだ。その舞台となった滑走路はエントランスから入って、ミュージアムを踏破した最後の扉の先に忽然と現れる。外に出て、波打つコンクリートの上を15分も歩いただろうか。フェンスが行く手を阻む地点まで来て、物悲しさとともにタイムスリップにも似た感覚に襲われた。脇には戦闘機が保管されていたと思われるコの字型の囲いが、鬱蒼(うっそう)とした緑で覆われている。そこは間違いなく、ほんの10年前まで負の遺産でしかない場所だった。

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