2016年10月1日、エストニアに待望の国立博物館が開館した。パリを拠点に活躍する建築家、田根剛(DGT.)が、10年をかけて完成させた建築とその想いを旅する

BY YUKA OKADA, PHOTOGRAPHS BY TAKUJI SHIMMURA

2006年に108の応募案の中からコンペに勝利。2013年3月から2016年2月まで36ヶ月をかけて、
かつてヨーロッパ最大とされた旧ソ連の空軍基地内、1.2kmの滑走路の延長線上にコンクリートと鉄骨による
建物が立ち上がっていった。左は空から見た2015年10月段階の現場写真。
その間、現場監修のため田根が毎月のように通ったタルトゥは人口10万人強、
エストニア最古の大学がある文化と学術の古都。20世紀初頭には今回ミュージアムが完成した一帯に、
ドイツ領事館を再利用した初代のミュージアムも存在した
©DGT.

 田根の案内で、館内を一巡する。圧倒されたのはエントランスを入ってすぐ、高さ11mのホワイエを中心にした公共空間のおおらかさ。訪れた人々は刻々と移ろうトップライトからの光、窓越しに見る時々の景色に包まれる。また、建物の外側は無数のガラスパネルで覆われ、エストニアに伝わる希望のシンボルなどを取り入れたパターンをシルクスクリーンで印刷。気温がマイナス30度にもなる真冬には凍りつく雪が付着し、そのとき、そこでしか見ることのできない風景を生み出す。

地下に向かう階段。トップライトの光を受け表情をあらわにする漆喰の壁、
白いピュアな空間に心が透き通る。手すりなど人の手が触れる部分にはオークが使われ、
温かな印象も醸す

「大自然という大きなものの中に、建築もあると思っています。だからこそ、その力を最大限、使いたい。美術館では展示品が傷むので窓は敬遠されますが、やっぱり光が通ると空間は変わります。展示空間でも窓は極力開けられる方向で押し通しました。だって、光は無償じゃないですか(笑)」
 建築の仕事では人との出会いがチャンスをもたらしてくれる。口調もあたりもやわらかだが、冗談めかしたりもしながら口にする真意は鋭く、主張は譲らない。自然にはかなわないという価値観も、大学時代に建築を学んだ北海道、在学中に留学したスウェーデン、卒業後に建築の仕事をスタートさせたデンマークでの「厳しい自然環境の中では、人間は慎ましく生きるしかない」という学びによるものだ。
 一方、田根を語るうえで避けて通れないのはミッドフィルダーとしてジェフユナイテッド市原(当時)のユースクラブに所属するなど、高校までは本気でプロを目指したサッカー少年だったこと。現在、月の半分は拠点とするパリで生活、残り半分は世界の現場から現場を飛び回る日々も、元アスリートの強靭な心身が支えている。同時に厳しい規律やトレーニング、複数のプレイヤーが動くなかでの状況判断、勝負勘といった経験値が、建築家としての田根をここまで連れてきた部分も大きい。

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