“オリンピック”の意義とは何か。マンガ『オリンピア・キュクロス』の作者、ヤマザキマリと大英博物館で開催された『The Citi exhibition Manga マンガ』展を手がけたキュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールが、海外の観点を交えて自在に放談。五輪、コロナ禍、そして今後の社会の動向をざっくばらんに語り合う

BY HIROKO KATO

ヤマザキ
 運動にしても表現にしても、人は何か熱量を出しているものに対して触発されて元気になったり頑張ったりできるというところに帰着していくという感じなんですね。

ニコル
 それは本当に大事なテーマだと思います。パンデミックのおかげで、やっぱり頭だけではなく心も体も大事だということがわかるようになりました。
 私の祖父は日本企業と仕事をしていたこともあって、祖父からよく日本の話を聞いていたことが、私が日本に興味を持つようになったきっかけの一つなんです。祖父は107歳で亡くなりましたが、106歳までウェイトトレーニングをしていたぐらい活動的な人で、‘KEEP MOVING’が口グセでした。体を動かすことはもちろん、考えるということでも‘KEEP MOVING’を大切にしていましたね。

ヤマザキ
 素晴らしいメンタリティーをお持ちのお祖父様だったんですね。
 パンデミックの状況下では体の健康も普段以上に大事ですが、メンタルの豊かさを維持することの大切さも問われている気がします。

 コロナのパンデミックが始まった時、ドイツのメルケル首相はフリーランスのアーティストたちに「アーティストは今、生命維持に必要な存在だ」と言って、すぐに数千ユーロの提供を申し出ましたよね。ヨーロッパでは美術がより身近なところにあり、美術館や劇場が社会的に立場の弱い人、経済的に貧しい人たちのセーフティネットとしても機能しています。社会的にも精神的にも隔絶された人たちを生み出さないこと。それは非常に経済的でもあります。ドイツのメルケル首相もそれを理解しているからこそすぐにアーティスト保護を宣言したんですよね。ところが日本ではアーティストへの支援は出遅れてしまい、今でも活動を制限され困窮しています。日本の社会では芸術というメンタルに供給する栄養素に対しての重要性が大きくないということを浮き彫りにした出来事だったと思います。芸術を大事にしない人たちは、体を鍛えていれば人間は生き延びるからいいだろう、と言うのですが、それだけでは人間はトータルなバランスが整えられなくて、野蛮なバーバリアンになってしまいます。特にパンデミックになると体のことばかり考えてしまって、バーバリアンになりやすいですからね。

ニコル
 たいへん残念なことですが、私が今住んでいるアメリカでもパンデミックが原因で若い人の自殺がすごく増えています。
ヤマザキ
 日本も同じです。人を支えていくのは、やっぱりメンタルへの栄養なんですよね。古代ギリシャのオリンピックはその大切さをわかっていたのだと思います。だから哲学者がギムナジウムに来て、体を動かす人たちがいるところで思索を深めるということをやっていたわけですが、そういうことは今のオリンピックではすっかり忘れられてしまっていますね。

ニコル
 パンデミックの前は、アメリカでも皆オリンピックで東京に行くことをすごく楽しみにしていたんです。でも、世界でこれだけ感染が広がっている中で無理にやろうとしているから、なんだか意味がよくわからないイベントになってしまっていますね。パンデミックの前からですが、今のオリンピックは余計なものを除いてすっきりさせることが必要ですね。脂が多すぎのメタボオリンピックです。

 私はオリンピックは本来ギリシャのもので、ギリシャに戻すべきだと思っています。けど世界的なバランスを考えればもう一つ大事なのは「ローカライズ」かもしれません。いつも、ロンドンや東京やパリみたいな一つの大都市で行うのでなく、競技も多様化している中、たとえば新しいスノーボードは開催が得意な国で行ったり、メインのマラソンはギリシャで開催したり、いろんな競技を世界のローカルで行えば、今だとインターネットでつながるので見られるじゃないですか? 商業的に儲かるかはわかりませんが、経済的な負担は減るだろうし、四年に一度一つの都市で開催するよりも、より機会が分散されて均等になれば、本当のオリンピックの意味が戻ってくると思います。

画像: PHOTOGRAPH BY DERUSU YAMAZAKI

PHOTOGRAPH BY DERUSU YAMAZAKI

ヤマザキ
 そうですね。今回のオリンピックで経済効果がまったく期待できないことは、もう明らかですけれども、営利的・政治的なオリンピックは一回やめて、クーベルタンよりもっと前の紀元前のオリンピックに戻すということを考えた方がいいとも思います。たとえば古代ギリシャのオリンピックがそうだったように、肉体を鍛えることの喜びや運動の文化的な意味を発信する祭典になればいいんじゃないでしょうか。オリンピックは確かに運動の祭典ではあるけれども、芸術とも密接につながっているということを見せていくことは、やっぱりすごく大事ですよね。

ニコル
 賛成します。一応、今のオリンピックにも文化プログラムというものがあって、ロンドン・オリンピックでも文化プログラムにもすごく力を入れて、色々なアーティストがオリンピックの文化プログラムで作品を作っていたんですよ。

ニコル
 私、思っていたのですが、様々な選手がオリンピックに参加するために相当な努力をしていますし、若い選手には夢やチャンスじゃないですか。その彼らの唯一無二のストーリーこそ、勝敗よりも有益なのでは
ないかと思うんです。政府や都市がお金を使うにしても、その物語を映像や本にして伝えることの方が大事だと思います。そうすることでたとえば数十年後にも彼らの物語を知りたいし、貴重な資料となるじゃないですか。

ヤマザキ
 素晴らしい。それはある意味で、人間のすごくアーティスティックな面ですよね、感動する部分でもあると思います。勝敗でなく選手の物語にこそ、人間の芸術的な面が内在すると思います。

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