“オリンピック”の意義とは何か。マンガ『オリンピア・キュクロス』の作者、ヤマザキマリと大英博物館で開催された『The Citi exhibition Manga マンガ』展を手がけたキュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールが、海外の観点を交えて自在に放談。五輪、コロナ禍、そして今後の社会の動向をざっくばらんに語り合う

BY HIROKO KATO

ニコル
 実は、私が今一番心配しているのは、パンデミックよりも、AI(人工知能)のことなんです。
ヤマザキ
 私も、すごく心配です。AIは便利かもしれないけれど、本当に危険ですよ。

ニコル
 最近、すごくショッキングな文書をみつけたんですが、イギリスがドイツ、スウェーデン、フィンランドと協働して、人間の体にパスポートなどいろいろな情報が入ったマイクロチップを埋め込む軍用実験を行おうとしているんです。英語になりますけれども、この文書はイギリス政府のウェブサイトから誰でもダウンロードして見られます。

ヤマザキ
 それは動物と同じように、AIで人間をコントロールできるようにしようということですよね。少し前に「AI美空ひばり」というものが紅白に出て、あれを見た時、私はもう何か世も終わりだなという気持ちになりました。あれは亡くなってしまったものを亡くなったものとして処理できない、死んでいても生きているということにしたわけですよね。そうやって死生観に無理やり人間の合理性を植えつけるというところに、ものすごく危機的なものを感じたんです。
 ましてや生きている人間にもAIチップを埋め込むというのは、私たちは生きているけれども、自分たちの意思で動けなくなっていく日が来るかもしれないということですよね。本当に恐ろしいです。

ニコル 
 AIにとってパンデミックは好都合ですね。この間、私の知り合いがホテルの部屋から朝食を注文したらロボットが届けに来たと言っていました。そういう仕事は、これからどんどんAIに取って代わられて、ただでさえ格差が開いているのに、もっと失業者が増えていくことになると思います。

ヤマザキ
 AIを使えばパンデミックでも人と接触しないようにできますからね。今、コンビニエンスストアなどでは店員がいるレジに行かなくても、カードでピッとやれば買い物ができてしまうでしょう? これからどんどんそんなふうに人間の力を借りずに社会ができていくということになっていくでしょうね。
 でもAIはあくまでデジタルですから人情や人の寛容性、あるいは感情の振り幅といったアナログな考え方は絶対にできません。AIに頼るということがあまりに進んでいくと、いずれどこかに負荷がかかって、何かが壊れる時が来るんじゃないかな、というふうに思いますね。

ニコル
 一番大事なのは想像力なのに、AIに想像力はないですからね。
ヤマザキ
 そうなんですよね。人間は想像力をうまく使わないと社会を構成できない生き物ですよね。群れというものをきちんと動かしていくために人間には想像力が備わっているはずなのに、それをうまく操作できなくて戦争や人殺しが起きてしまう。
 特に便利になった社会で、人はニコルさんのお祖父様のモットーだった「KEEP MOVING」をしないで、メンタルを鍛えない怠け者になりがちです。だからよけい想像力をうまく駆使できなくて、AIのようなものが生まれてきてしまったということなのかもしれません。

ニコル
 そう思います。だから想像力を育てるためにも「創作」がすごく大事なんですよ。
ヤマザキ
 「創作」はエンターテインメントとして楽しむものでもありますが、それだけではなくて、どこかに社会への批判性があることも必要だと思うし、それもまた表現のエネルギーなんですよね。私自身も、今回のパンデミックやオリンピックに対する不満や怨嗟、怒りといったものはやっぱりものすごいエネルギーとして蓄積されていて、私の場合、それが全部自分の作品に出てしまうんです。

ニコル
 ある意味で、このパンデミックが何かを考え直すきっかけになればいいですね。1930年代、アメリカで大恐慌があったじゃないですか、世界中に影響したんですけれども。当時、WPA(Works Progress Administration:公共事業促進局のいわゆるニューディール政策)の一環として、政府がアーティストに特別にお金を出すなど文化支援プロジェクトFPA(Federal Art Project)があり、その結果ビルの中の壁画などあちこちに残っているので、今見てもすごいなと思わせる仕事をさせたんですね。それがやっぱり皆を元気にするし、アートそのものだけではなく、アートを作っていることのおかげで何か新しい夢が見えるじゃないですか。そういうことに転換してくことに社会は注力していかないとと思います。

ヤマザキ
 困難な時ほどですね。アーティスティックなことに時間やお金をかけられるのは、どこか心のゆとりがあるからできることだと思います。余裕がない時だからこそ、芸術が頑張っていると、大丈夫なんだという気持ちになるわけですよね。そして文化の浸透による人のつながり、コミュニティ形成は人が生きていくことのセーフティネットとしても非常に有効なはずです。

画像: 『オリンピア・キュクロス』(第6巻) ヤマザキマリ作 ¥660/集英社 主人公の青年デメトリオスは、壺絵師見習いの“草食系オタク“の古代ギリシャ人。古代アテネと、1964年・2020年オリンピック開催前後の東京とのタイプスリップを繰り返すなかで、デメトリオスが出会うものは――。時空を自在に駆けての異文化交流がもたらす発見を、軽快なタッチで描く ※この対談は6巻の巻末に所収されているものです

『オリンピア・キュクロス』(第6巻) ヤマザキマリ作 ¥660/集英社 
主人公の青年デメトリオスは、壺絵師見習いの“草食系オタク“の古代ギリシャ人。古代アテネと、1964年・2020年オリンピック開催前後の東京とのタイプスリップを繰り返すなかで、デメトリオスが出会うものは――。時空を自在に駆けての異文化交流がもたらす発見を、軽快なタッチで描く
※この対談は6巻の巻末に所収されているものです

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