BY HIROKO KATO
ヤマザキマリと、大英博物館で初の「マンガ展」を成功させたキュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールのふたりが、2021年6月29日にオンラインで行った多様な視点から考える「オリンピック」対談をここにお届けする。
ヤマザキマリ(以下ヤマザキ)
ニコルさんには、2019年に開催された大英博物館の「マンガ展」で大変お世話になりました。『オリンピア・キュクロス』も展示して頂いたのですが、江戸時代の浮世絵師から手塚治虫などのレジェンドたち、そして現代のマンガ家に至る日本のマンガを一つの文化として紹介した非常に画期的な展覧会だったと思います。ニコルさんは、日本文化の研究者でマンガの大ファンでもいらっしゃいますけど、キュレーターとしてあの展覧会に携わって、どんな感想をお持ちですか。
ニコル・クーリッジ・ルマニエール(以下ニコル)
「マンガ展」は非常に話題になってイギリスだけではなくアメリカでも、紹介したマンガの人気がすごく上がったんです。海外に日本文化を紹介する時に一番大事なのは、今、日本人が作っているものや日本人が関心を持っているものを伝えることだと、改めて思いました。
今はパンデミックで難しいですが、外国人の多くが「日本に行きたい」と言いますね。それだけ日本は不思議な魅力がある国なのだと思います。
ヤマザキ
日本は、色々な側面で楽しめる国だからでしょうね。パンデミックになる前、日本の海外観光客は前代未聞の数になっていました。
ニコル
アメリカの若い人たちは日本のアニメ、マンガ、ゲームにすごく興味を持っていますし、こういうものはもう世界の若者たちの共通言語になっているんですよね。
一つの観点としては、それらは“大量媒体”であると思います。クリエイターが創ったものが放送や印刷により大量に流通されていきますよね。西洋のファインアートと作品の見方がちょっと違うんです。実は私がずっと研究している焼き物もなのですが、デザインや見本は陶芸家が作るけれども、最終的には役割分担をして大量生産になります。最初は職人として一つ一つ手仕事で作っていたのが、やがてポピュラーな媒体になっていくという方式が、マンガと焼き物が似ている点ですね。『オリンピア・キュクロス』でも、主人公のデメトリウスが壺絵を描いているのがポイントだと思います。
ヤマザキ
そうなんです。古代ギリシャの人たちが壺という日用品に想像力を駆使した絵を描いていたことが興味深くて、壺に絵を描く壺絵師を主人公の生業に設定したんです。
ニコル
そうですね、漫画や陶芸など大衆化する媒体があると同時に、今でも絵画などの「美術品」と言えば美術館や博物館のような特別な場所に行かなければいけない、エリートのものになってしまっている状況もありますね。そこが「マンガ展」では違ったんです。普段、大英博物館に来ないような人たちがたくさん来たのは、マンガの魅力、パワーですね。やっぱり日常でもっと想像力を養ったり、刺激を得られたりするような場所が必要だと思います。
ヤマザキ
アートや創作が「エリートのもの」である状況をどう変えていけるかということですよね。
ニコル
美術館や博物館で展覧会を開くことも大事ですが、私は、もっとアートを美術館、博物館の外に出していくということもしたいと思っています。たとえばレストランのような場所に協力してもらって街のあちこちでポップアップの展覧会をすれば、様々な人とつながることもできるじゃないですか。 やっぱりフェイス・トゥ・フェイスで出会うインパクトは大きいですよ。
ヤマザキ
フランスのアングレームという小さい街でやっているマンガ・フェスティバルは、まさにそういう感じですね。
ニコル
そう、アングレームと同じです。そんなふうに小さくても奥深いアートのイベントをしていきたいですね。