TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA
先日メゾン マルジェラのレースアップシューズを購入しました。爪先は割れていて、「タビ」のシルエットになっています。
メゾン マルジェラ は1988 年、ベルギー出身のマルタン・マルジェラがパリで設立したブランド。日本の足袋に着想を得た「タビ」シューズはデビュー当初から展開されていて、ジョン・ガリアーノがクリエイティブ・ディレクターを務める今も、白いラベルを仮留めした 4 本の白いステッチと共にブランドのシグネチャーになっています。
私が最初に手に入れたのは、ミラノを拠点とするセレクトショップ、ディエチ コルソ コモとコム デ ギャルソンがコラボレーションしたショップで働いていた2000年代初頭だったような。近頃「Y2K」と名付けられているギャルファッションは完全スルーでコム デ ギャルソンしか目に入っていなかったのですが、日々実物を手に取っているうちに世界中のさまざまなブランドにだんだん関心を持つようになったのです。恵比寿のお店でブーツを試着してみると足袋の形が足指にしっくりくるし、ヒールが8cmあっても円柱型なので安定感があり、疲れなさそう。それに、スタイリング全体を、パワフルなコム デ ギャルソンとはまた違ったクールな方法で既成概念を覆すものづくりをしていたマルジェラの先鋭的な空気で包んでくれるような気がしたのでした。ただ、当時はコム デ ギャルソンの服に合わせてフラットシューズばかりはいていたのでちょっとひるんでローヒールのミュールタイプを選んでしまった記憶があります。
今はバレエシューズ人気などで「タビ」はすっかり市民権を得ていますが、20年前はまだまだマイナーな存在でした。友人の家を訪ねて「タビ」シューズを脱ごうとしたら、友人のお母さんに「羊の足みたいね!」と言われたことも。それでも同じフォーマットを保ちつつ新しい色や素材、形が出るのが楽しくて、気づけば10足近く集めてしまっています。
さて、新しく仲間入りしたレースアップシューズですが、私はこちらについては「“タビ”のシルエットによってちょっとひねりが効いているベーシックアイテム」と捉えています。レースアップシューズはどんなスタイルにも合うので便利ですが、王道過ぎるとつまらない。ですから、このシューズをはく時は「タビ」であることをあまり意識していません。
一方で、「タビ」ブーツをはく時はかなり慎重になります。それだけでマルジェラ感を纏える気がすると言いましたが、強大な力を持っているゆえにそれに頼り過ぎてしまうのを恐れているからです。ファッションを生業にしているからには、「なんてことのない格好だけど、足元“タビ”ブーツにしておけばおしゃれな感じに着地するでしょ」といった安直な発想は避けたい。そんな私のどうでもいいプライドをかけた戦いは周りの人は知ったこっちゃないでしょうが、毎回スタイリングにおける「タビ」ブーツの必然性を自問自答したうえで手に取っているのです。
ファッションの知識があればロゴを見なくともブランド名がわかる靴はありますが、「タビ」はそれと同時にブランドを知らない人や足袋に馴染みのある日本人でも、友人のお母さんのように目がいってしまう。私がパリコレクション取材の際もよく「タビ」ブーツをはいていたことから海外紙の記者に「文化の盗用だと思わないか」と聞かれたことがありますが、「“敬意がない”、“侮辱されている”、“貶められている”とは全く感じないので問題ない」と答えました。それどころか、よくぞ足袋に目をつけてここまでブランドの精神を象徴する、存在感のあるデザインにしたものだ、と感嘆するばかりです。
栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama