BY RYOKO SASA, PHOTOGRAPHS BY TERUO UKITA
高橋さんによると、和食の神髄は椀であるという。決め手は香り高いだしだ。私たちは、厨房でだしをとる様子を見せていただいた。大きなボウルに入った鰹節を、高橋さんは手でよりわけている。血合いや屑を取り除くのである。湯の温度は90°C。鰹節を大ぶりの鍋に入れて火を止める。するとみるみるうちに、鰹節は沈み、いっさい濁りのない黄金のだしが生まれる。
透明度の高い静かな湖のようだ。彼の説明は、そこはかとなく漂っているだしの香りに、言葉で鮮やかな輪郭をつける。

(写真左から)
春の椀
筍、わかめ、帆立のしんじょう。春を迎え、伸びゆく命のはつらつとした勢いを感じさせる。蓋の内側には桜の花と花びら
夏の椀
鱧の葛たたき、冬瓜、青柚子、梅肉。すがすがしい彩りを、輪島塗の銀椀が引き立てる。開口部の広い平椀は香りだちが軽やかに

(写真左から)
秋の椀
スッポンの玉子とじ、白髪ねぎ、さんど豆、しめじ。スッポンをだしでわったもの。蓋の内側の蒔絵とともに、秋の名月と野山の風情を楽しむ
冬の椀
伊勢海老、うぐいす菜、金時人参、蕪。冬は、しょうゆを加えてだしは濃いめ、あつあつ、たっぷりと。伊勢海老の扇のように広がる紅い尾を花びらに見立て、器は牡丹。初春を寿ぐ華やかな椀
「たとえば昆布は利尻昆布や日高昆布、羅臼昆布などがありますが、うまみ成分の分布はほとんど変わりません。ところが香りの成分は微妙に異なっている。京都では利尻昆布、それも香深(かふか)の昆布が一番いいと言われています。真昆布より淡い味わいですが、香りに気品があり、アフターフレーバーがロングトーンなんです。これは、海の深度や、潮の流れによって培われたものです。鰹節については、枕崎の近海の一本釣り。これがいい。近海で捕れる鰹は甲殻類を食べているので香りが違う。遠洋のものを網で捕ると、魚が長く苦しむので血中成分が変化すると考えられ、鉄の香りがしてきます」とのこと。