山に囲まれ、豊かな伏流水にも恵まれた愛媛県大洲市で、140年以上続く醤油蔵がある。13代目の梶田泰嗣がこだわるのは丸大豆と小麦、塩だけでつくった醤油。昔ながらの製法に固執したのは、小学校時代、アトピー性皮膚炎に悩んだ体験からだった

BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY BUNGO KIMURA

 2006年、梶田に大きな転機が訪れる。知人に誘われて参加した日本酒と料理のペアリングの会で、ある日本酒に衝撃を受けたのだ。酒そのものはほかにないほど個性的なのに、どの料理とも調和がとれ、その酒と合わせることで料理のおいしさが増幅していく。「なんだ、この酒は!」。それは広島県にある竹鶴酒造の純米酒だった。「こんな醤油をつくってみたい」と目標は定まった。自分が目指すのは、料理の素材の旨みを引き立てる醤油だ。

 2008年には大洲で無農薬で大豆を栽培する生産者を見つけ、2011年には今治市で無農薬小麦を育てる生産者に出会うことができた。当初から理想として掲げていた、地元産の完全無農薬の原材料でつくる醤油が仕込めたのは、原材料を探し歩き始めてからすでに9年がたっていた。

 梶田がつくり出す醤油は、輪郭がしっかりしていて存在感もあるが、煮物などに加えると素材が格段においしくなる。まさに料理に寄り添う醤油。うれしかったのは、昔から「梶田商店」で働く蔵人の長に「いいじゃないか」とお墨付きをもらったことだ。

画像: 天然醸造大豆醤油(濃口)「巽」<720ml>¥1,200 味わい深いコクとまろやかさ。煮物に使うと料理を引き立てる 梶田商店 愛媛県大洲市中村559 TEL. 0893(24)2021 公式サイト

天然醸造大豆醤油(濃口)「巽」<720ml>¥1,200
味わい深いコクとまろやかさ。煮物に使うと料理を引き立てる
梶田商店
愛媛県大洲市中村559
TEL. 0893(24)2021
公式サイト

 東京や大阪といった大都市を中心に、酒販店や料理人から「愛媛にまっとうな醤油をつくっている若い職人がいる」とクチコミで評判が広まり、食のイベントなどにも誘致されるように。西に東に呼ばれればできる限り駆けつけて、醤油について熱くデモンストレーションを行った。

 フランス料理店「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフに出会ったのもそのときだ。「会ったとき、“生江さんの使いたい醤油を僕、つくります!”と言ってくれたんですよね。なんて熱い職人さんなんだろうと感激しました。」と、当時を振り返って生江シェフはほほえむ。その品質の良さと梶田の情熱が多くの消費者にも伝わり、現在の注文は木桶30個、12本のタンクをほぼフル稼働させないと追いつかないほどの勢いだ。

画像: 「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフと

「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフと

「醤油をつくり始めて感じるのは、結局は人間ができることは少ないということ。原材料にこだわることはできても、醤油は発酵商品ですから、自然の力に任せるしかない。原材料のポテンシャルを引き出す手伝いがどこまでできるか。そのあとは、“おいしい醤油になってね”と、麹やもろみを見守るしかできないんです」

画像: 生江シェフの店「ブリコラージュブレッド アンド カンパニー」のペストリー「キナコ」。みたらしのたれに巽醤油が使われている。こっくりと深みと奥行きの感じられる風味に一役かっている

生江シェフの店「ブリコラージュブレッド アンド カンパニー」のペストリー「キナコ」。みたらしのたれに巽醤油が使われている。こっくりと深みと奥行きの感じられる風味に一役かっている

 今年、梶田はグルテン含有量が少ないもち麦を使った醤油の販売を開始した。来年は小麦を使わずに大豆と塩だけで仕込む醤油に挑戦しようとしている。「今の自分があるのは、まわりがあってこそ。特定の食品にアレルギーがある人も含め、さまざま人たちに安心して喜んでもらえる商品をつくりたい。自分がアトピー性皮膚炎になったのは、きっとその使命のためだったんじゃないか、と思うから」

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