生活費を稼ぐための仕事は創造的探究とは対極にある――と思われがちだが、さにあらず。芸術家たちはいつの時代も「仕事」をもっていた。はたして創作以外の仕事は創作にいい影響を与えるのだろうか?

BY KATY WALDMAN, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 双方の比重を年ごとに自在に変えながら、どちらの仕事も同時に伸ばしていきたいと考えるアーティストもいる。タンニ・ナンディニ・イスラムは、デビュー小説『Bright Lines』が書店に並ぶ1年前の2014年に、香水やキャンドル、化粧品のブランド「Hi Wildflower」を売り出した。「嗅覚を試す実験」の場を求めていたの、と彼女は言う。アポセカリーを題材にした物語の執筆中に、一種の“メソッド・ライティング”(創作のために著者が主人公と同じ環境に身を置いたり、同じことを体験したりする手法)として始めた香水のプロジェクトのことだ。

イスラムは当初、ふたつの冒険──会社経営と文筆業──は“姉妹”のような関係で、違いよりも共通点のほうが多いだろうと考えていた。キャンドルのひとつひとつのパッケージに詩を書き入れるなど、デザインから生産までのあらゆるステップに関わった。Hi Wildflowerというブランドをもったことで自分自身と向き合い、「自分の価値観を見直す機会になった」と言う。ビジネスと執筆活動は物理的には切り離されていたものの、彼女の頭の中ではそのふたつはつながっていた。イスラムは、自分の著作同様、アロマテラピーやスキンケアの商品も、ゆるやかに世間に浸透していくだろうと思い描いていた。

 ところが、Hi Wildflowerが彼女の主な収入源になると、このブランドをもつことの意味も変わっていった。香水づくりは、イスラムを小説の執筆へと駆り立てたエネルギーを別のかたちで表現したものから、「アーティストに十分な報酬を支払わない社会で自立するための手段」へと変容したのだ。今や同社は3人の従業員を抱え、ブティックを販路として70種類の商品を扱っている。イスラムにとっては会社が仕事場であり、書くことは夢や空想をふくらませる時間である。彼女はもう、キャンドルを包む箱ひとつひとつに詩を書くことはしない。製造にまつわるもっと退屈な業務をこなさなければならないのだ。取材したとき、イスラムは詩集と2作目の小説に取り組んでいた。一方で、かつてはみずからの美的表現の延長という位置づけだったHi Wildflowerは企業というかたちに発展し、彼女を物質的に支え、執筆を続けられる環境をつくっている。

 イスラムが会社を切り盛りするようになって得た恩恵は、経済的な安定(少なくとも今のところは)だけではない。アルバニアのラマ首相と同じく「創作するときは静寂と知性の世界に浸りたい」と言う一方で、イスラムは「経営者になって、アーティストとしてもタフになった」とも語る。「執筆も、原稿を持ち込むのもブランドを育てるのも、どれも強いストレスを感じること。だけど、会社を経営するなかで、そういう根気やエネルギーがいることをやり抜けるよう鍛えられたわ」

 作家活動に必要な物理的条件について熱く語った有名な著作『自分だけの部屋』(1929年)のなかで、ヴァージニア・ウルフは小説を蜘蛛の巣になぞらえている。
「もろい糸で、かろうじてくっついているのだろう。それでも蜘蛛の巣は四隅にくっついて生きながらえる」。人間と蜘蛛の違いを除けば──人間はひとつのものしか生み出せないわけではない──芸術が現実社会から細い糸でぶらさがっているさまを巧みに表現している。世間から隔離されたクリエイターというイメージは、閉じ込められ、動けなくなった人の姿を彷彿させる(そもそも、いくら自分だけの空間だからといって、同じ部屋にずっとこもっていたい人なんているだろうか?)。

 芸術家には、寄り道をすることも必要だ。創造力が沸騰し、ほとばしる瞬間はいつ訪れるのかと気をもんでいたりせずに、外に出て人と交わったほうがいい。当然ながら、ただじっと待っていてもインスピレーションは湧いてこないのだから。創作からいったん離れることが、必ずしも傑作の誕生につながるとは限らない。だが、自分の足で歩かなければ何も見つからないし、ひたすら考えていてもアイデアは浮かばない。実際に街で風変わりな人を観察しなければ、面白い人物描写などできはしない。つまり、芸術家がすべきことは、われわれ一般人となんら変わらないのだ。「普通の生活」をしなくても食べていける芸術家もそれは同じだ。本人たちは、その事実をちゃっかりと封印しているのだが。

 

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