TEXT AND PHOTOGRAPHS BY JUNKO ASAKA
ときにウィットに満ち、ときに味わい深いストーリーを思わせる独自の銅版画で知られる画家の山本容子さん。現在、東京・銀座の多目的スペース「THE GINZA SPACE」で開催されている個展は、いつもとちょっと趣が異なっている。
展示室に入ると、まるで大きな巻物を目の前に、自分がミニサイズになってしまったかのような錯覚に陥る。「巻物」を構成するのは、30㎝四方に満たない和紙に刷られたいくつもの銅版画。それらが縦に5枚、横に77列、糸でつながり、ひとつの大きなインスタレーションとなっているのだ。テーマは“旅”。パリを中心に、19世紀半ばから1960年頃までの、乗り物やモード、時代を象徴するアーティストや小説家などの著名人が、一枚一枚、小さな窓からこちらをのぞくみたいに描かれている。
乗り物であれば馬やラクダに一輪馬車、プジョーやブガッティなどのクラシックカーから気球、竹馬まで、古今東西のあらゆる移動手段が登場するし、トランクなど旅行用バッグのあれこれも楽しい(ワインを持ち運ぶ用のトランク、口述録音機材用トランクなんてのもある!)。アール・デコのモードに身を包んだ女性の隣では、チャップリンが革靴をステーキ代わりに食べようとしていたり、そのまた上では星空の下でカップルがタンゴを踊っていたりと、雑多でにぎやかなシーンを目で追っていく行為そのものが、まるでひとつの旅のようだ。
これらの絵が描かれたのは2001年から2002年にかけて。新たに建設される東京・表参道のビルディングの工事用仮囲いを利用して、そこに光ファイバーを使って山本さんの絵を投影するという、かつてないアートワークプロジェクトが行われた。昼間は白一色の仮囲いが日没と当時に光によって美しく彩られ、斜めに張り出した落下防止柵から歩道にもアートが投影された。山本さんはその“光のアート”ために一年間365日、毎日一枚ずつの絵を加えていったのだという。そうして完成した385枚の絵は、その後『Bon Voyage わたしの時間旅行』という一冊の本にまとめられた。
プロジェクトについて、山本さんは本のあとがきでこう語っている。「昔、パリのエッフェル塔が毎晩午後九時過ぎになると、美しい光のシャワーでキラキラ輝いていたことを思い出した。あれはほんとうに素敵だった。やわらかな光で絵を見せることができたら、殺風景な夜の工事現場が美しく変身するかもしれない。そして偶然絵に気がついた人だけが、楽しい思いをすることができる。そのうえで、私の絵と遊んでほしい」。彼女の描く絵同様に、洒脱な遊び心のあふれる、なんとも粋な試みだ。
今回の展示では、その中から380点余りが展示されている。これらの絵が描かれた2002年は、スキンケアブランド「ザ・ギンザ」がデビューした年。山本容子さんの生き方、美しい時の重ね方や世界観に共感し、それぞれの17年間に思いを寄せてこの展覧会が企画されたという。
会場内には、山本さんのアトリエを再現したスペースもあり、実際に銅版画制作に使われたペンやブラシ、絵の具なども間近に見ることができる。ふだん目にすることのできないアーティストの聖域に、少しだけ近づける貴重なスペースだ。
会場内に展示された銅版画のうち、一部は各1点のみ、先着順で額装のうえ購入することもできる。自分のお気に入りを探して一枚一枚じっくり見ていくと、時を超え、イメージの空を自由に飛翔する“脳内トラベル”ができるに違いない。
『山本容子展 ―時の記憶― 』
会場:THE GINZA SPACE
住所:東京都中央区銀座5-9-15 B2F
会期: 4月14日(日)まで
開館時間:11:00~19:00
電話:03(5537)7825
入場無料
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